*たわごとコラム

雨ニモマケズ風ニモマケズ

雨ニモマケズ風ニモマケズ

この言葉は、小学校の授業で全文を習う前から知っていたような気がします。

雨ニモマケズ風ニモマケズ・・・
その部分だけを、ことわざか何かのように時々口ずさんでいました。
もちろん、意味なんてよく分かりませんでした。

初めて全文を読んだ時、『こんな詩の一部だったのか』と思いました。
もちろん、言葉の意味は分かったけれど・・・それだけでした。

この詩が心の底にまでしみてきたのは、大人になってからのこと。
それもだいぶ経ってから。
特に最後の部分・・・・

ホメラレモセズ クニモサレズ
サウイウモノニ ワタシハナリタイ

この詩は「そういうものに私はなりたい 」 という言葉で結ばれています。
子どもの頃の私に「あなたはどういうものになりたいですか?」と聞いたら
なんて答えるだろうか? 10代の頃の私に聞いたら?
想像すると、思わず苦笑してしまいます。

ホメラレ、クニサレルことによってしか、
自分の存在を認識できなかったあの頃・・・
こんな詩が心の底にしみ込んでくるはずもありません。

この詩は、当時勤め人だった賢治がセールスの為に上京して再び病に倒れ、
花巻の実家に戻って闘病中だった1931年秋に、自分の手帳に記したもの。
没後に発見された遺作のメモです。

この世に肉体を持って生きている限り、どんな理想を口にしても、
健康でなければ思うようにはいかない。
病に苦しんだ賢治は、そう思ったに違いありません。
そして、病に苦しんだからこそ見えた“本当に大切なこと”が、
この詩にしたためられているのだと思います。

私も20代の頃に体調を崩して、それから価値観が大きく変わりました。

この世界から、命をつなぐ為に必要最低限のものだけをいただいて、
縁のある他の為に力を尽くすこと。
自然に逆らわず、ぶれることなく、
自分以上でも以下でもない自分をただ生きること。

サウイウモノニ ワタシモナリタイ

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雨にも負けず、風にも負けず、
雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ち、
決して怒らず、いつも静かに笑っている。
一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを自分を勘定に入れずに、よく見聞きし分かり、
そして怒らず 野原の松の林の陰の小さな藁ぶきの小屋にいて、
東に病気の子どもあれば、行って看病してやり、
西に疲れた母あれば、行ってその稲の束を負い、
南に死にそうな人あれば、行ってこわがらなくてもいいと言い、
北に喧嘩や訴訟があれば、つまらないからやめろと言い、
日照りのときは涙を流し、寒さの夏はおろおろ歩き、
みんなにでくのぼうと呼ばれ、褒められもせず、
苦にもされず そういう者に私はなりたい

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