*たわごとコラム

イワツバメの夫婦

毎年、海岸に建っている東屋の軒下にツバメが巣を作ります。
これは、今月上旬に撮った写真。

これから巣作りを始めるのでしょうか。
2羽ぴったりと寄り添って、垂直の壁に止まっていました。
足場もない場所にいったいどうやって?

その姿があんまりにも可愛いのでしばらくの間観察していたのですが、
2羽ともほとんど動きませんでした。

向かって左側のツバメは「なんで見てるの?」という顔をして
こちらを見つめています。
目もくちばしも真っ黒なので、写真では分かりずらいですね。笑

ちなみにこのツバメは、街中でよく見かける喉と額が赤いツバメとは種類が違います。
こちらはイワツバメといって、いわゆる燕尾の切れ込みも浅く短め。
本来は岩場に巣を作るので、『岩ツバメ』というのだそうです。

ツバメは巣作りに泥を使うため、非常に土壌汚染の影響を受けやすいのだとか。

今年も昨年の夏同様、ある浄水場の汚泥処理施設でツバメが大量死しました。
ニュースでは原因が解らないといっていましたが、今更何をかいわんやです。

ツバメが命と引き換えに警鐘を鳴らしてくれているような気がして仕方がありません。
ツバメが飛び交っているということ、それすらも当たり前のことではないのですね。

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Mattが帰ってきた

Mattが帰ってきたというニュースをキャッチしました。

世界各地で現地の人たちとダンスし、
その動画をYouTubeに投稿して大反響を呼ん
でいるあのMattです。
日本でも、少し前にCMに登場したので覚えている方も多いかと思いますが、
(後日訂正!—このCM、今も放映されていますね)

最近になって久々の新作が投稿されて再び話題になっているようです。

これが第4作目ですが、更にパワーアップしています。
いろんなものを巻き込んでいるそのエネルギーが、どんどん大きくなっている感じ。

この映像を見ると、何故か涙があふれてきます。
言葉にならないこの感覚を、
きっと世界中の多くの人が同じように感じているはずです。
だからこそこの映像がこんなにも話題になるんですよね。
そのこと自体に、大きな希望を感じるのです。
Where the Hell is Matt? 2012

Matt(マシュー・ハーディング—Matthew Harding、1976年9月27日 – )は
アメリカのゲームクリエーターです。
彼はかつて殺戮ゲームの開発に携わっていたのだそうですが、
そんな仕事に疑問を感じ、会社を辞めて旅に出たのが、ことの始まりなのだとか。
はじめは仲間内だけに伝えられていたこの映像は、
やがて口コミによって広がり、その後スポンサーがつくまでになりました。
今やMatt
は、世界で最も有名なダンサー?です。

四つ葉のクローバーが見つからないのは

四つ葉のクローバーが見つからないのは、見つかるまで探さないから・・・と だいぶ前にこのコラムに書きました。

子供の頃のように時間を忘れて無心に探すと、必ずと言っていい程見つかるのです。

大人になって、時間に追われるようになって、
四つ葉探しに夢中になるなんてこともできなくなって、
探そうともしなくなる。

四つ葉のクローバーなんて、
わざわざ探す程のものじゃないって思うようになってしまったから?

確かにどうでもいいものかもしれないけれど、
そんなものにワクワクして、夢中で目を凝らしていた頃は、
いろんな宝物を見つけることができました。

子供の頃、見つけた四つ葉のクローバーはすべて、つんで押し葉にしてしまったけれど、
今ではそのままにしておきます。
見つけられたことそのものが宝物だと思えるようになったから。
ちょっとは大人になった?かも。笑

四つ葉のクローバー探してみませんか?
画像をクリックすると大きくなります。

You may say I’m dreamer・・・

動物を家族として迎え入れ、共に暮らしたことのある人たちとは、
初対面でも、老若男女、職業や立場の違いを超えて、
すぐに打ち解けてしまうことが多いです。
犬や猫を飼うことで、どんな喜びがあり、どんな苦労があるか、
そしてお別れの時にどんなに悲しいかを、お互いに理解し合っているからです。

例え一度も会ったことがない人でも、異文化の人でも、過去の人でも、
写真や映像で犬や猫を愛している姿を見れば、
とても他人とは思えなくなってしまいます。(笑)

犬や猫は、人間に無償の愛を教えるために使わされた天使なのだという人がいます。
確かに、こんなふうに通じ合えるなら、
世界から争いごともなくなるんじゃないかと思えてきます。

You may say I’m dreamer・・・と、レノンの歌詞が聞こえてきそうだけれど、
決して絵空事でもない気がするのです。

・・・but I’m not the only one.
動物を飼ったことがなくても、
誰もが人の子、人の親として、あるいはかけがえのない何かを、
愛した経験があるはずなのですから。

ありがとう、クロッキー

A「今ごろ、クロッキーはどうしているだろうね」

B「さあ、あいつのことだから、もうとっくに生まれかわっているんじゃないかな」

時々どちらともなくそんな会話をします。

そして私は、何の根拠もなく、
クロッキーがイルカやツバメに生まれかわって、
スイスイ自由に泳いだり飛んだりしているところを思い描くのです。

6月7日の早朝もそんな会話をしながら、
かつてクロッキーの散歩コースだった浜辺を二人で歩きました。

途中、顔見知りのワンコに行き会う度に、飼い主さんたちと立ち話。

今はもう、裏のジロウちゃんも、
クロッキーを慕ってくれたクリーニング屋さんちのコウちゃんも逝ってしまいました。
それでも、飼い主さんたちに会えば自然と会話が弾みます。

みんな、クロッキーが結んでくれた縁。

6月7日はクロッキーの命日。

もう、3年の月日が流れたけれど、
今でも毎日のように、
クロッキーが遺していってくれたものの大きさを感じながら暮らしています。

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ありがとう、クロッキー。

タンポポもどきの咲く村

もうすぐ入梅。
来週末はもう雨模様かもしれないと思ったら、
家にいるのがなんとなくもったいなくなって、
ドライブがてら買い物に出ることにしました。

向かったのは、山中にある野菜市場。
付近の農家さんたちが作物を持ち寄って開いている直売所です。

うちからは、車でひたすら山道を走り続けて約15分。
海町を遠くに見下ろしながらくねくねの坂道を上り詰め、
連なる山々の景色を望みつつ峠を越えると、
『こんなところに?』というように突然人里が開けています。

直売所は、そこから更に森を一つ越えた先にあるのですが、
いつもこの村を通る時、ちょっと不思議な感覚を覚えるのです。

観光地でもないし、
おとぎ話に出てくるような、昔ながらの村というわけでもありません。
山の中腹に結構な広さの平らな土地が広がっていて、中央付近に畑と田んぼ、
それを取り囲むように普通の家が点在しています。
その畑と田んぼの真ん中に、おそらくこの村唯一のバス停があって、
小さな郵便局や、JAや、ガソリンスタンドがポツンと建っています。
その付近には、マーケットもコンビニも、個人商店すらありません。
いつ行っても人影が少なく、車もバイクもほとんど通っていないのです。

直売所を訪れるのは約2ヶ月ぶりなのですが、
この時期、この村の辺り一面に黄色い花が咲き乱れていて、
その風景がとても美しかったので、思わず車を停めました。

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一見、タンポポにそっくりなのですが、
柄の部分がとても長くて、花の高さが20~40cmもあります。
帰宅後に調べてみたら、豚菜(俗称ータンポポもどき)という帰化植物でした。
ちょっと意外な名前です。
ヨーロッパでは「ブタのサラダ」と呼ばれているらしく、それが和名の由来なんだとか。

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誰もいない野原で、さらさらとこの黄色い花が揺れていました。
高度の関係からか、この花が咲いているのはこの村の周辺だけなのです。

それにしても何なのでしょう、この不思議な感覚・・・
子供の頃の記憶が甦ったようでもあるし、
黒澤明監督の「夢」という映画を見たときの感覚にも似ています。

家から15分足らずの所なのに、とても遠くに来てしまったような感じ。
ここに来ると、ちょっと時間の感覚が狂うのです。

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