*たわごとコラム
水とぶどう酒-----その2
このおとぎ話は、逆説的なヒントだと思いますが、
小さな個の、役割の大きさを教えてくれます。
ぶどう酒であろうと水であろうと、
たった一人で樽を満たすことはできません。
だとすれば、自分の小ささや非力さを嘆く事自体、意味のないこと。
自分ができることの小ささを嘆く事は、
自分ぐらいなら分からないだろうと
樽に水を注いでしまうことと表裏一体なのですね。
今、私たちを取り巻く現実は、
かなり水で薄まってしまったぶどう酒なのではないかと思います。
一人一人が、大して罪の意識もなく、
ちょっとずつ水を注ぎ続けてきた結果です。
この現実をかえるために個人ができることは、たとえ僅かでも
ぶどう酒を注ぎ入れる努力をし続けること以外にありません。
もちろん、実際には、ただ生きているというだけで、
何かを奪い、汚してしまうわけですから、
おとぎ話のように単純ではありませんね。
でもだからこそ、“少しでも”という気持ちが大切なのだと思います。
その行いは誰にも評価されず、
”焼け石に水(ぶどう酒)”のように感じられるかもしれません。
けれども、それが失われたら、
樽はいつまでたってもぶどう酒で満たされることはないのです。
・・・またまた、つづく