*たわごとコラム

これが私の優しさです     作:谷川俊太郎

      これが私の優しさです     作:谷川俊太郎

   窓の外の若葉について考えていいですか
   そのむこうの青空について考えても?
   永遠と虚無について考えていいですか
   あなたが死にかけているときに

   あなたが死にかけているときに
   あなたについて考えないでいいですか
   あなたから遠く遠くはなれて
   生きている恋人のことを考えても?

   それがあなたを考えることにつながる
   とそう信じていいですか 
   それほど強くなってもいいですか
   あなたのおかげで

私がこの詩に出会ったのは、確か高校生の頃。
本屋さんでなんとなく手にした詩集の中の、この詩が特に印象に残ったのでした。
当時は、“理解” はしていませんでした。
ただただ強く心に焼き付いて、繰り返し何度も考えていました。
『あなたが死にかけているときに あなたについて考えない』なんて・・・と

母が亡くなった時、弟がたまたまこの詩を目にして言いました。

「これは母さんの詩だね」

その時私も、「そうか・・・」と思ったのです。

母は「私が死んだら、私のことは忘れて前を向いて生きなさい」
と言うような人でした。
自分の寿命を悟っていた母は、例えば私への誕生日プレゼントにも
“あとに残らないもの” を選ぶのです。
食べ物や、使ったらなくなってしまうようなものを。
そして、その理由を私は理解していました。
 
『あなたについて考えない』

私たち姉弟は、
それが母の望みで、そう生きることが本当の親孝行なのだと信じることができました。
母のおかげで。

けれども実際は、そんなに強くはなれませんでした。
何年も母のことを思い出し、泣いてばかりいました。

母が逝って、もうだいぶ長い年月が経ちました。
母のことを思い出す時間も減りました。
けれどもこの詩を読み返す度に、それでいいのだと母が言ってくれている気がするのです。

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