*たわごとコラム

無いものねだり

今、ちょっとむずかしいお仕事をしている最中です。
先月、「昔の映像に使われていた手描きの文字をデジタルで再現したい」
という趣旨の依頼がありました。
長いことグラフィックの仕事をしていますが、こんな依頼は初めて。
依頼主も、どこに頼めばいいか分からなかった模様です。

素材は、50年近くも前の映像です。
当時、テレビ局や映像制作会社には、文字描き専門の職人さんがいて、
題字も字幕も、映像で使われる文字は全部その職人さんが一文字一文字、
手で描いていたのだそうです。

小さな文字のほとんどは明朝体やゴシック体で書かれているのですが、
真っ直ぐに見える線も、拡大してみると定規を使わず全てフリーハンドで
描かれていることが分かります。

同じ単語が何度も出てきますが、
当然、一文字一文字全部プロポーションが違う上、
画像自体が荒くて、予想していた以上に高難度な作業になっています。

現代では、フォントというものが豊富に揃っていて、
職人さんじゃなくても、誰でも簡単にきれいな文字を扱えるになりました。

おかげで、映像だけではなくどんな分野にでも、
読みやすくてきれいな文字が行き渡っています。
しかも、デザインも豊富で、「手書き風」の文字もたくさんあります。

文字は「書く」ものでも「描く」ものでもなく、「打つ」ものになりつつありますね。

こんな時代に、こんな依頼・・・

明朝体やゴシック体で描かれている、ということは、
当時の職人さんは、少しでも読みやすくするために「活字」に近づけようと
していたのだ思うのです。

それを今逆に、「手描き」に近づけようと努力している・・・

「無いものねだり」というんですかね~、こういうの。

それとも、ここまで完璧な文字が世界に広く定着して初めて、
「やっぱり手描きの方がいい」と気づいた、ということなのでしょうか?

とにもかくにも、
『この手描きの文字には、手間隙かけて再現するだけの価値がある』
と感じる人が、今の時代にいるということなんですよね。

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