*たわごとコラム

「紙片の宇宙」本というアート

箱根のポーラ美術館で開催されていた
「紙片の宇宙 シャガール、マティス、ミロ、ダリの挿絵本」という企画展を観に行ってきました。
訪れたのは最終日前日、決して交通の便がよいとは言えない山の中にある美術館ですが、
往復に少し時間をかけても、それに充分値する見応えたっぷりの展示内容でした。

「挿絵本」は、「絵本」とは定義が異なります。
この企画展で展示されていたのは「芸術家による挿絵本」(リーヴル・ダルティスト)で、
主にフランスで19世紀末〜20世紀中頃にかけて制作された版画による書籍です。
画商や出版者の依頼を受けた画家たちが腕利きの版画職人とともに生み出した、
言わば本というスタイルの芸術作品なのです。

マルク・シャガール 『ダフニスとクロエ』、アンリ・マティス 『ジャズ』
ジョアン・ミロ 『あらゆる試みに』・・・
これらの作品の実物を、一斉に見ることができるなんて・・・
ブラックやフジタ、ローランサンによる挿絵など
初めて目にする作品もたくさんあって、丸一日かけても時間が足りませんでした。

これらの挿絵本は、画家たちのある夢から生まれたものだそうです。
それは「より身近に絵画と向きあえる作品をつくること」
直筆の絵画は、この世界にたった一枚しかありません。
どこかの壁にかけられて、窓の中の景色のように眺められるだけです。
けれども本という形にすれば、たくさんの人が実際に手にとって作品を見ることができると、
画家たちは考えたのです。

とはいえこれらの挿絵本も、今となっては稀少な芸術作品。
美術館のガラスケースの中に収まってしまい、
誰もが手に取れるような、身近かなものではなくなってしまいました。

そのかわり印刷技術が進歩して、たくさんの人が気軽に多種多様な本を手できる時代になりました。
確かに、画家自身が制作したものに比べたら見劣りがするかもしれませんが、
当時でしたら出会うことすらできなかった世界中のアート作品に、
本を通して触れることができるのです。

残念ながら現在ではデジタル技術の台頭で、当時活躍していた版画職人のような存在は激減し、
まるで工業製品のような本が大量に流通しています。
それでも、書籍制作に関わる人たちの情熱が失われたわけではありません。
その在り方は変わりましたが、制作に携わる人たちの高い意識によって、
作家が伝えようとするものを最大限に具現化した質の高い書籍が存在します。

書籍という媒体そのものが消失しない限り、美しい本を作ろうとする人たちは必ず存在し続けることでしょう。
そして、そうした本はやはり、それ自体がれっきとしたアートなのだと思います。

「紙片の宇宙」展・ガイドムービー

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