*たわごとコラム

「バクシーシ」と言ってみた。

【エジプトのおはなし その3】

コーラ売りの子供にまつわる思い出が、もう一つあります。
場所はギザのピラミッド。

観光客が集まる場所には必ず物売りがいて、
私たちのような個人旅行者が有名な遺跡を見学しようと思ったら、
彼らを避けて通る術はありません。

物売りだけではなく、ラクダに乗ってみないかとか、いいツアーがあるとか、
とにかく、多種多様な商売人が声をかけてきます。

もちろん、覚悟はしていったつもりなのですが、
それでも、忘れられない思い出がたくさんできてしまいました。
(いろんな意味で・・・苦笑)

遺跡の全景を撮影したいと思い、ピラミッドの周辺を歩いていた時のことです。
物売りに見つからないように、なるべく人気のない方を選んで進んでいたにもかかわらず、
どこからともなく子供が現れて、小走りに近づいてきました。

「コーラ! ベリー・コールド!」

まだ10歳にも満たないくらいの少年が
ブリキのバケツを下げて、私たちを見上げています。
バケツの中には瓶コーラが3本、氷水に浸してあって、結構重たそうでした。

「ノー、サンキュー」

はっきりとそう答えて通り過ぎようとしましたが、
彼はずっと私たちの後についてきて、
遺跡の全景が視野に収まる程の場所まできても、
立ち去ろうとしませんでした。

バケツの中の氷は、もうほとんど融けてしまっています。
こんな見込みのない客はさっさとあきらめて、
他をあたった方がずっと商売になると思うのに、
なんでこんなところまでついてくるのか・・・

一休みしようと思って岩に腰を下ろすと、
少年も立ち止まって、ただじっとこちらを見ていました。

その時・・・何を思ったのか店主Bが突然、
その少年に片手を差し出しながら言ったのです。

「バクシーシ」

少年も、思いも寄らない展開にかなり動転していました。
バケツを足下におろして、目を白黒させながら
ズボンのポケットをひっくり返してみたり、
Tシャツを裏返してみたり、
とにかく必死に「自分はお金を全く持っていないんだ」と訴え始めたのです。

「わかったよ、わかったよ、冗談で言っただけだよ」

少年のあまりの必死さに、私たちも驚いてしまいました。

その時、私たちは知ったのです。
この国の人たちは、自分がどんなに貧しくても、より貧しい人には、
あるいは求められればいつでも、他に施そうとする人たちであることを。
そして自分たちが、この国の人たちについてどれほど無理解であったかということを。

私たちは、言い値で3本コーラを買って、
そのうち1本を「一緒に飲もう」と言って彼に渡しました。
けれども、彼はそのコーラを飲みませんでした。
それを売れば、またお金になるからでしょうか。
それはそれでいいと私たちは思ったのでした。

コーラが一応完売したというのに、少年は立ち去ろうとしませんでした。
片言の英語でおしゃべりをしながら、
しばらくの間一緒に砂漠に横たわるピラミッドを眺めたのを覚えています。

彼は相当しぶとい「物売り」ですが、それ以前に「幼い少年」です。
コーラを売り終えた後の彼は、100%「幼い少年」でした。

彼が物売りではなかったら、私たちはもっとすんなり友達になれたかもしれません。
けれども彼は、物売りをしなければ、生きることができないのです。

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