*たわごとコラム

先日キャパに遭遇したとご紹介したケーキ屋さんのケーキ、とっても美味しかったです。
(お店の名前はモンブランです。)
私が選んだのは、ショートケーキとスミレのケーキとミルフィーユ。
いずれも、すごくシンプルで素朴なつくり。
それなのに、食べた瞬間に“おやっ”と思える何かがありました。

卵やクリームの味がしっかりと伝わってきて、口に入れた途端に
以前スポンジから手作りしたホーム・メイドのショートケーキを思い出したのですが、
だからといって、素人の手作り品のような隙はまったくないのです。

それが、守り続けてきた味なのか、それともたどり着いた味なのか、
気まぐれに立ち寄っただけの客には分かるはずもありませんが、
とにかく、グルメとはほど遠い私のような人間でも、
何かが違うなと感じられるケーキでした。

最近は、有名なパティシエが作り出す個性的なスィーツが
あれこれと話題になっています。
それに比べたら、ショートケーキなんて
どこのケーキ屋さんにも置いてある定番中の定番。
誰もが知っている味で、さほど大きなアタリ・ハズレはないと思うのですが、
だからこそ、特別なことをせずに違いを出すのは難しいのではないかと、
素人なりに思ってしまいました。

今日は土曜日、店主Bが自家製ベーコンとハムづくりに励んでいます。
だれかがちゃんとちゃんと作ったおいしいものを食べると、
いろいろな意味でやる気が起きてきて、
急に自分も何かをちゃんとちゃんと作りたくなるんだそうです。

ちゃんとちゃんと作ったものは、人を元気にするんですね。

ちなみに、どうしてこの日ケーキを買ったのかというと、
私の“なんでもない日”だったから・・(“不思議の国のアリス”風に言ってみた)
年に1.2回 、そういう日が突然やってきます・・・(意味不明)
つまり、本能が元気を求めたのかも・・・(さらに意味不明)

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リボンの結び方が“おみや”っぽくて、懐かしい。

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季節限定スミレのケーキ、 スポンジ+クリーム+スミレの砂糖漬け

ケーキ屋でキャパに遭遇

今日、気まぐれに入ったケーキ屋さんで、ロバート・キャパに遭遇しました。

路地裏にある小さくて目立たないケーキ屋さんなのですが、
創業が1947年 で、熱海では“知る人ぞ知る”的なお店なのだそうです。
(後で知ったことだけど・・・)
優しい物腰の老婦人がお店番をしていて、にこやかに応対してくれました。

ショーケースに並んでいるケーキは数種類、決して多くはありませんが、
どれもこれもおいしそう。
あれこれ迷って選んだケーキを包んでもらっている間、
ふと壁に目をやると、そこにロバート・キャパが撮ったサイン付きの写真が
掲げてありました。

被写体は、カウンターに座った女性とその奥で料理をするコック・・・
そのコックが、当時は仏蘭西料理のレストランを営んでいた
このケーキ屋さんのオーナーで、
当時からずっとお店番をしているというご婦人の旦那様。
90代となった今でも、現役なのだそうです。

この写真が撮影されたのは 1954年(昭和29年)だということなので、
キャパは、ベトナムで最期の時を 迎える直前、
日本に滞在していたということなんですね。
知りませんでした。

ちなみにこの写真は、とある有名な写真雑誌に掲載されたそうですが
事実とはまったく異なるキャプションがついていたそうです。
なんていったって、キャパが撮影しているその横で
一部始終を見ていた生き証人がいうのですから、間違いありません。

キャパがこの日、熱海で何をしていたかなんて、
どうでもいいことなのかもしれませんが、
こんなふうにゆがめられてしまった歴史はいったいどれぐらいあるのでしょうね。

それにしても、キャパはもう随分昔の人のような気がします。
彼が撮った写真も、かなり古びています。
けれども、その時を現実に生きて、今も尚同じ場所で店を営んでいる人が
目の前にいる・・・
それは、予期せずに小さなタイムワープをしてしまったような
ちょっと不思議な体験でした。

今日という日・・・ロバート・キャパについて思いを巡らせる日になるとは
思ってもみませんでした。

気まぐれに立ち寄ったケーキ屋で、タイムワープ。

寄り道は、してみるもんですね。

*ここでその写真を見ることができます。
http://www.alao.co.jp/RobertCapa/1954japan.html

海苔が貼り付いているみたいな杉林

この数日、どうも調子が悪くて、
風邪を引いたのかな~と思っていたのですが・・・
もうすでに“花粉の季節”がやって来ているのですね。
これから陽気も良くなるというのに、ちょっと憂鬱・・・

といっても、こちらに越して来てから、少し症状が軽くなったような気がしています。
うちから見える範囲の山には、比較的杉の木が少ないのですが
車で近くの山道を走ると、植林された杉林が結構たくさんあります。
どう考えても、以前より花粉が多い環境にいると思うのですが、なぜなんでしょうね?

山が身近になって知ったことですが、 杉林ってすごく不自然なんですね。
杉林のある山を遠目に見ると、まるでそこだけ海苔が貼り付いているみたいです。
杉は常緑針葉高木で、緑の色が深いし、冬でも葉が落ちません。
その上、人間が植林しているので木がきれいに整列していて、
林の輪郭がカッターで切ったみたいに真っ直線だったりするのです。

多様な樹木が混在している山は、季節を追うごとに変化に富んでいて彩りも豊かです。
そういう山の一部分に植林の杉林があったりすると、
切って貼ったみたいにそこだけが異様に黒く見えるんですよね~。

地元の人によると、植林の多い山は、崖崩れなどの災害が多いのだそうです。

ちなみに、原生林の中に入った時と、杉林に入った時とでは、
同じ林でも雰囲気がまったく違います。
杉林の中は、なんだか空気が重いのです。
気持ちよく森林浴 ・・という感覚にはとてもなれません。

杉に覆われて年中青々(黒々?)としている山がたくさんありますけれど、
木が生えていれば何でもいいってもんじゃないんですね~。

無いものねだり

朝はきれいに晴れていて、昼過ぎから曇ってきたなと思ったら
突然雪が降ってきました。
一時、景色が真っ白になるくらいに降ったのに、
ほんの少しも積もらずに、夕方にはまた太陽が出ました。

『もう、やんじゃった』と残念がってみたり、
『夕方になって、あったかくなったね』と喜んでみたり。

暖かい気候を喜びながら、時々雪が恋しくなります。(苦笑)

まったく身勝手な無いものねだり。。。

店主Bからの報告

昨日の夕方の出来事・・・

「郵便局の駐車場で、車の下すっちゃった。。。
 水たまりが思った以上に深くて、
 その手前の門のレールがあたっちゃったみたいなんだよね。
 ガ・ガ・ガ・ガ・ガリガリィ~~って音がして、
 あっ、と思ってすぐにバックしたら、
 ギッ・ギ・ギ・ギィ~~~~って、またすごい音がした。
 心配だからちょっと見てもらってくる。」

店主Bはそういって、いつもお世話になっている近くの小さな整備屋さんに
車を見てもらいにゆき、それほど時間もかからずに戻って来ました。

「どうだった?」

「その場で直してくれたよ。
  なんか、ハンマーで ガンッガンッ、バシッバシッってぶったたいて、
 『大丈夫、大丈夫』っていってた。
 でも、時々ボコッて音もしてたなぁ~??
 いくら?って聞いたら、『そんなのいいよ』だって。 」

・・・・ほんまかいな?

・・・・ とりあえず、今日はちゃんと走りました。

自由になれたんだね

寒いですね・・・
温暖な気候のこの辺りでも、 山の方はうっすら雪景色です。

最近、近所の老犬が二匹この世を去りました。
二匹とも外犬だったので、この寒さが引き金になったのかもしれません。
一匹は以前このコラムでご紹介したシロ、
もう一匹は、海の近くに住んでいたベイ。
クロッキーの散歩の途中、いつも声をかけていた顔見知り犬です。

姿が見えなくなって、予感はしていたのですが、
何日か経って、飼い主さんやご近所の方から知らされました。

シロは、一人暮らしのおばあちゃんの家で飼われていた犬です。
おばあちゃんは、自分は年寄りだから散歩には連れて行ってあげられないのだといって、
その分、つないでいる鎖を長くしていました。
クロッキーが通りかかると、シロはその鎖が足に絡まないようにガニ股に歩いて、
必ず門の近くまで 会いに来てくれました。

ベイは盲目の犬でした。
名前を呼ぶと、耳をピンと立て、一生懸命こちらの気配を感じ取ろうとしていました。
ベイがつながれていたのは、小屋も敷物もないコンクリート敷の駐車場で、
雨風をよけることもできず、いつも壁際で縮こまっていました。
目の見えないベイにとってみれば、見知らぬものは皆恐怖だったはず。
だから、通りかかった時はいつも遠巻きに静かに名前を呼んで
「ベイ、今日はいい天気だね」とか「寒いね」とか、
そんなふうに声をかけるだけでした。
それでも、最初は警戒心でワンワンほえていたベイが、
だんだん、耳をそばだてて私の声を受け止めてくれるようになりました。

・・・ いろんな運命の犬がいます。

人間と同じです。

側で見ていると、胸が痛むこともありましたが、
シロもベイも飼い主なりの愛情を受け、食べ物を貰い、そこそこ長生きしました。
幸せの尺度など、誰にも分かりません。
ましてや通りがかりの私に、とやかく言えるわけもありません。

ただ、空っぽになってしまった二匹の居場所で
「自由になれたんだね」って 、
それだけは、自然に言葉になってこぼれました。

二匹はもう、自分自身でどこにでも好きなところに行けます。
どんなに遠いところにでも。
あるいは、飼い主さんのところにでも。

シロ、ベイ、さようなら。
忘れないよ。

短い手紙

(さらに…)

絵本を贈りたい

今、『絵本を贈りたい』と思っている人がいるのですが、あれこれ考えあぐねているうちに一週間も経ってしまいました。

その方は、亡き恩師の奥様で、ずっと昏睡状態が続いている息子さんの介護をされています。
先生が他界されてからというもの、お会いする機会もなくなりましたが、時折小さな文字がびっしり埋まったお便りをくださいます。先日届いたハガキに、息子さんの容態が記されていました。

返事を書きたい・・・そう思えば思うほど言葉に詰まってしまうのです。
私ごときには、背負っていらっしゃるものの大きさを推し量ることすらできません・・・そんなことを考えると、どんな言葉も薄っぺらく感じられてしまい、まだペンを取ることができずにいます。
絵本を贈りたいと思ったのは、そういう理由からです。絵本には言葉にならないものを表現する力があります。あるいは、かつて(プレシャス・ブックスを始めるずっと以前のこと)河合 隼雄氏の子供の本に関する著書をプレゼントしてくださったことがあるので、その記憶も動機の一つになっているかもしれません。

せめて、大変な思いをされている日々の中で、私たちへの手紙を書くために貴重な時間を割いてくださったことにたいしての、お礼の気持ちを伝えたい・・・
けれども、とても几帳面な方なので、絵本など送ったらかえって気を遣わせてしまうかもしれません。 それがどんなものでも、どんな理由があろうとも、贈り物とはあくまでも差し出す側の“我がまま”なのだと私はいつも思っているので、“何を贈るか”という以前に“贈るべきかどうか”というところから考え込んでしまうのが常なのです。

あーでもない、こーでもない、と考え続けていますが、それでもやっぱり今回は贈らせていただこうと思っています。どんな絵本がいいだろう・・・考えがまとまるまでには、もう少し時間がかかりそうです。

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