*たわごとコラム
涙のわけ
先日このコラム欄にも掲載したオーケストラのflashmob。
https://www.youtube.com/watch?v=GBaHPND2QJg
涙が出ました。
友人にも送ったのですが、彼女も涙が出たと言っていました。
何故だろう?
彼女からの返信
「ベートーベンのすごさに?
音楽が人々の心を一つにするって夢のような現実に?
何かに感動してるんだけど。。。なんだろう?」
すばらしい音楽を聴いただけでも涙は出ます。
だけど、この涙はちょっと違う・・・
まあ、最近確かに涙腺は弱くなったけど、
ありがちな物語で泣ける程ピュアでもなくなりました。
そもそも、なんで涙が出るかなんて頭で考えるのも野暮なんですが、
この映像でみんなが感動する理由に、
こんなに世知辛い世の中でも消えていない希望のようなものが
見いだせるかもしれないと思えて、ちょっと考えてみたくなったのです。
どうして涙が出るんだろう・・・私が思うに、
それは多分、全ての人が持っている何か良き部分を音楽が一瞬で引き出して
それが共鳴している現実を目の当たりにできたから・・・かな
カブ盆栽

カブのヘタを水につけておいたら、ほんの数日でこんなに葉っぱが出てきました。
人参でも大根でも根菜類なら何でもできると思います。
野菜って、土から抜かれて何日か経っていてもちゃんと生きているんですね。
鵜呑みは怖い
先週、店主Bが出張で中国の山東省に出かけました。
二泊三日の強行軍でしたが、直行便なら3時間です。
遠いようで近い中国。
ちなみに、店主Bが中国を訪れるのはこれが初めて。
スケジュールはタイトだったものの、
普通の旅行では得られない貴重な体験をしてきたようです。
現地には日本語が堪能なスタッフもいて、
言葉の壁もなく、みんなフレンドリーだったとのこと。
とにかく「中国に対する印象ががらっと変わった」ということでした。
中国に対して普段どのような印象を持っているか、自問自答してみました。
日々メディアから流れてくる中国関連の情報といえば、
尖閣諸島問題、反日デモ、食品問題、環境汚染・・・
ネガティブなものが圧倒的に多いような気がします。
そんな、メディアからの情報にいつの間にか影響を受けていたことは否めません。
店主Bによれば
「日本で流れているメディアからの情報を鵜呑みにしてしまったら、
大きな誤解に繋がる」ということです。
ただ、大気汚染の問題などは実際に深刻で、
晴れた日なのに霞んだ風景が広がっていたとのこと。
スタッフの中には日本にしばらく住んだことがある若いお母さんもいたそうですが、
「日本は空気がきれいだから、また住みたい」と言っていたそうです。
空気がきれいだなんて、普段意識もしないけど、
これも外に出てみて初めて分かることなんですね。
いずれにしても、メディアからの情報を鵜呑みすることについては、
充分に注意する必要がありますね。
普段心がけているつもりでも、いつの間にか染まってしまっています。
そんな自分をリセットするためにも、
自分自身で見て、聞いて、触れて、経験する機会を増やさければ・・・と思います。
テレビやネットで見て知ったつもりになっているということは、
実はとっても怖いことなんですよね。
ビタミンCたっぷりのカラス
今年もこの辺りではみかんがたわわに実りました。
寒い季節の風景に、みかんの色が暖かみを添えてくれています。
大胆にもカラスがみかんを丸ごと一個くわえてどこかに飛んでいきました。
巣に持ち帰って、家族みんなで食べるのかな?
この辺りの野鳥はみんなビタミンCたっぷりで、元気いっぱいです。(笑)
店主Bが撮影しました。
青い実
海岸の草むらで輝いていた青い実。
あまりにもきれいだったので、しばらくの間足を止めて眺めていました。
この日はとてもよい天気で、
海も真っ青、空も真っ青。
それなのに、この小さな青い実が格別に美しく見えたのでした。
子供の頃なら、持ち帰って宝物箱に入れたかも知れません。
この色が移ろいやすいものであることを知らなかったから。
大人になった今は、アルバムが宝物箱です。
これが未来の車なんだ
車の話題の続きです。
ドアがこんなふうに開く車を初めて見た時、
『これが未来の車なんだ』と感じて驚きました。
まさに、「スーパーカー」全盛の時代です。

ところがですよ、先日ヒストリカル・カーのイベントで出会った
ドイツのイセッタ・・・
そうそう、この車
この車はなんと、ドアがこんなふうに開くんだそうです。

前が開くなんて〜。
この写真、製造元のホームページで公開されていました。
ドアが上に開くスーパーカーを見た時以来のカルチャーショックです。

運転席はこんな感じ。
なんてシンプル・・・

古いのに、なぜか斬新な印象のイセッタ・・・
そんなイセッタにむしろ未来を感じてしまうのは私だけでしょうか?
ヒストリカル・カー

先日、海岸がなにやら賑わっていたので散歩がてら行ってみました。
珍しい車がズラ〜っと並んでいてびっくり。
「熱海HISTORICAL G.P.」という看板が出てました。
なんでも、1986年以前に製造された旧車のイベントなんだそうで、
300台近くの車が展示されていました。
こんなにたくさんの車、どうやって運んだのかしら・・・と思ったら、
それぞれのオーナーさんがちゃんと運転してきたのだそうです。
つまりこの車たちは、全部現役。
ちゃんとナンバープレートもついています。
古い車愛好家の方たちが方々から結集して、自らの愛車をお披露目しているわけです。
子供の頃ブームだった「スーパー・カー」もすでに旧車なんですね〜。
当時は「未来の車」のイメージだったランボルギーニなんかも展示されていました。
いつの間に「未来のスーパー・カー」が「ヒストリカル・カー」に
変わってしまったのかしらと、ちょっと額然・・・
けれども、ランボルギーニにはやっぱり
「未来のスーパー・カー」という表現がぴったりでした。
「未来のスーパー・カー」という言葉そのものがヒストリカル?なのでしょうか。
こうして見ると、古い車はみんな表情が豊かで個性的です。
笑っていたり、すましていたり、威張っていたり・・・
ディズニー映画のカーズや、乗り物キャラの絵本が生まれてくるわけが分かります。
私が一番気に入った車がこれ。
フロントガラスに貼ってあった説明書きによれば、
BMW イセッタ300(1957年 ドイツ)という車。
かわいい・・・
「神 5」というナンバーフレートまでなんだか、かわいい。
運転席がまたすごい。
メーターらしきものが一つしかありません。
これで本当に公道を運転できるのでしょうか?
私にしてみれば、もうこれは遊園地の遊具のレベルです。
実際、ここに向かう途中で突然動かなくなってしまって、
参加できなかった車も何台かあったと後になって聞きました。
新しい車に乗るよりも、いろいろな意味でずっと大変なのでしょうけれど、
オーナーさんにしてみればもう、手のかかる子供みたいなものなのでしょね。
何にせよ、古いものを大切にして、
しかもそれをずっと使い続けるというのはとても素敵なこと。
物にも命があって、大切にすればする程輝くのですね。
私も、今乗っている車を大切にして、できる限り長く乗ろうと心に誓いました。
明治公園のフリーマーケット
27日の日曜日、明治公園のフリーマーケットに参加しました。
我が家では数年に一度、不用品整理のためにフリーマーケットを計画します。
地元でも会場を探してみたのですが、条件の合う場所が見つからず、
結局、ここに越してくる前に何度か参加したことがある明治公園に決定。
かれこれ9年ぶりの参加になります。
台風27号の接近で、先週はずっと雨模様。
最接近したのが土曜日だったので順延になる可能性が高いと思っていたのですが、
当日未明には雨が上がり、台風一過の晴天となりました。
物はなるべく増やさないようにしているつもりなのですが、
9年も経つとあれやこれやと贅肉がついてくるものなんですよね〜。
(本物の贅肉もつくし・・・そうなるとサイズアウトの服も出てくるし・・苦笑)
わたくし、物を手放すことについてはあまり執着はないのですが、
使える物を捨ててしまうことについては、とても心が痛みます。
けれども、自分が不要になった物を誰かに差し上げるというのは、
その人が心から欲っしてくれる場合は別ですけれども、
そうでなければ、その人の負担にしかならないと思うので、とってもできません。
むしろ、いくばくかのお金を支払ってでも
それを欲しいといってくれる方にお譲りする方が、お互いにハッピーです。
なので、我が家の値付けは赤が出なければいい,というレベル。
仕事柄、色紙いっぱい、とか、混ざったビーズだとか、ちびた鉛筆だとか、
変なものがいっぱいあるのですが、どうゆうわけか売れ行きは上々でした。
常連だというお隣さんが教えてくださったのですが、
明治公園の出店者は半分以上が半プロ〜プロの方たちで、
うちのように不用品やリサイクル品のみを出す出店者は少ないのだそうです。
だから逆に目にとめてもらえるらしい・・・
たしかに・・・
うちが「10円です〜」とか言っている横で、
お隣さんは「15000円にまけときます」とか言っていました。
まあ、とりあえず交通費や参加費を支払っても赤字にはなりませんでしたし、
今回もいろんな人と出会えたのでとにかく楽しかったです。
ちなみに、オリンピックの開催準備のため、
明治公園でのフリーマーケットはもうすぐ終了するそうです。
今回参加できたことは、いろいろな意味でタイミングがよかったようです。
うちが出品したものによほど興味を持ってくれたのか、
赤とんぼが何度も飛んできてくれました。
やなせさん、ありがとうございました。
10月13日、やなせたかしさんが亡くなりました。
「アニメや絵本などで人気の「アンパンマン」のシリーズで知られる漫画家のやなせたかしさんが13日・・・」と、何度も各メディアで報じられていました。
「手のひらを太陽に」の作詞家だったということを伝えるメディアも多かったようです。
「アンパンマン」も「手のひらを太陽に」も、
日本人なら誰もが知っている国民的な作品ですが、
私にとって一番印象に残っているやなせさんの作品は、サンリオの詩集です。
やなせさんは、サンリオから刊行されていた雑誌『詩とメルヘン』の編集長を
長年(1973年から2003年)勤められていました。
多彩な方ですが、アンパンマンがヒットする前のこの時代は、
詩人としての印象の方が強かったのではないかと思います。
私も中学生の時に、「人間なんてさびしいね」というやなせさんの詩集を持っていました。
自分で買ったのか、いただいたものなのか、その辺は覚えていません。
ただ、そのタイトルがあまりにも印象的で、その後もずっと記憶に刻まれたまま
色あせることがありませんでした。
一度手放してしまったのですが、その後また古書店で出会い、
再び本棚に並んでいます。
「人間なんてさびしいね」
扉を開くと・・・
つぶやきのような、手書きの詩。
裏表紙にも・・・
やなせさんの詩は、当時 “メルヘン” と 表現されていた夢見がちな作品とは
一線を画していました。
生まれて、生きて・・・
いつか死ぬと分かっていても生きて、
飾ることのないありのまんまの心の底に、
まるで生まれる前から焼き付けられていたかのような終生不変の思いを、
ふと、つぶやくように言葉にしたような、そんな感じの詩なのです。
生きていると、嬉しいことだけじゃなく、悲しいことも苦しいこともいっぱいあるけれど、
そしていつかは、誰もが一人さみしく死んでゆくけれど、
それでも、生きているってすばらしいよ。
やなせさんの詩からは、そんなメッセージが伝わってくるのです。
「手のひらを太陽に」の歌詞も、そうですよね。
ぼくらはみんな 生きている
生きているから 歌うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから かなしいんだ・・・
誰もがそうであるように、やなせさんもたった一人で旅立ちました。
それでも、
いろいろあったけど、生き続けてよかった
生まれてよかった
そんな声が、この詩集を開くと尚更はっきり聞こえてくる気がします。
例えやなせさんの作品だとは知らなくても、たくさんの人の心の中に、
そのメッセージはしっかりと刻み込まれています。
やなせさん、ありがとうございました。
何でしょう・・・この暑さ。
先週末は、故郷の秋祭りで里帰り。
秋蒔きの種も蒔き終えて、金木犀もそろそろ散り始めました。
それなのに、何でしょう・・・この暑さ。
半袖のTシャツ一枚でも汗が出ます。
各地で10月の観測史上最高を更新したそうですね。
植物たちも戸惑っているのか、狂い咲きも目立ちます。
季節の変わり目は寒暖差が激しくて当然ですが、
今年はちょっと激し過ぎて、しんどい〜。
この分で行くと、秋らしい秋は、
いつの間にか、瞬く間に消えてしまいそう。
大好きな季節なのに・・・
今週末はしっかり時間を作って、秋を探しに行くつもりです。



