*たわごとコラム
ブータンにあり、日本にないもの・・・あるいは失われてしまったもの
国民からの絶大な人気を誇るという若き国王と、美しき王妃。
空港に降り立ったお二人の姿は、
私にはまるで、おとぎの国からの来訪者のように映りました。
国民の幸福度が世界一というブータンという国が、
昔から桃源郷のように思えていたからかもしれません。
お二人は終止民族衣装に身を包み、微笑みを絶やさず、
各地で祈りを捧げてくださり、
心温まる演説を聴かせてくださいました。
外国の要人来日で、こんなにあたたかな気持ちになったのは初めてです。
ブータンの文化や人々のたたずまいを見ていると、
日本との深いつながりを感じずにはいられません。
国王もその演説の中で
「・・・両国民のあいだを結ぶより次元の高い大きな自然の絆。言葉には言い表せない非常に深い精神的な絆によってブータンは常に日本の友人であり続けます。・・・」
と語られました。
ブータンにあり、日本にないもの・・・あるいは失われてしまったもの。
今、その違いを考えることで、見えてくるものがあります。
外交に関して、とかく経済的メリットのみに焦点をあてた議論を繰り返している日本は、
真の友人を見失いかけていたのではないでしょうか。
これから何を目指すべきなのか・・・
私たちはもう一度真剣に考え直さなければなりません。
国王の演説を聴いた後に、つくづくとそう感じました。
強く生きる
すっ・・・すごい・・・

私なら・・・
これだけの荷物を自転車で運べといわれたら、
即答で「無理っ!」と答えます。
運べる可能性について、考えようともしないと思う。

だけど、やろうと思えば出来るんですね~。
ある意味、自転車の能力を最大限引き出してますよね。

こういう強さが・・・私も欲しいです。
どんなに荷物が多くても、
例えオンボロ自転車しか持っていなくても、
積み方を工夫し、縛り方を工夫し、

たんたんと背負って、日々生きる強さを。
プレシャス・ブックスの種
昔のアルバムを整理していたら、こんなものが出てきました。
古い切手アルバム・・・
小学生だった頃、親戚のお姉さんがくれたものです。
当時確か、切手収集がブームになっていたんですよね。
といっても私自身には何の知識もなかったので、
時々アルバムを開いては、
いろんな絵が描かれた小さな切手を、絵本を見るかように眺めていました。
切手に描かれている絵を眺めてワクワクしている自分の気持ちを、
今でもはっきり思い出すことができます。
今こうして見直してみると、ルーマニア、中国、イギリス、トルコ、ポーランド・・・
と、たくさんの国の切手が収められています。
当時は、切手に印刷されている現地の文字は読めなかったと思いますし、
どこの国の切手かなんてあまり気にしていなかったような気がします。
ひたすら絵やデザインだけを見て楽しんでいました。
よく見ると、童話を題材にしたものもあります。
例えば、この画像の右上に映っている切手はポーランドの作家さんよるものです。
大人になり、ポーランドを訪れて古書店でこの作家さんの絵本を見つけた時に、
一目で心惹かれて迷わず購入したのですが、
子供の頃にこういう形で出会っていたのだということを、
私はてっきり忘れてしまっていました。
それでも、私の中のどこかに当時の“ワクワク”の断片が残っていたのでしょう。
例え忘れてしまっていたとしても、
子供の頃の経験が “今” を作り出しているものなのですね。
だとするとこの古い切手アルバムは、
プレシャス・ブックスの種の一つかもしれません。
おぼしめし
今月頭に右手の指先を傷めてしまい、
ここ数日ずっと左手だけでキー入力しています。
ぜ~んぜん作業がはかどらない・・・
『たまにはPCを離れなさい』っていう、天からのおぼしめしか?
といつもながらに都合よく捉えて、
全ての仕事をスローモードに切り替えております。
ま・・・こんなこともあるさ~と
散歩に出かけ、秋を満喫してきました。
この時期、“今日の秋”と“明日の秋”は、かなり違うんだよね。
思考回路も、あえてスローモードに切り替え中。
お気に入りの場所からの眺め
街のシンボル・・・大きな銀木犀の樹
風薫る平穏な日曜日
この辺りでは、10月初日に金木犀が咲きました。
花の姿は見えなくとも、一粒咲けば香りで分かります。
昨日は微かだった香りが、今日は街中に広がっています。
雨さえ降らなければ、これから一週間、
街中がいい香りに包まれます。
特別な理由があるわけではないけれど、
私にとって金木犀は特別な花。
香りが記憶のINDEXになって、
この季節のことは、とりわけ強く思い出に残ります。
振り返ってみると、いずれも大した思い出ではないのです。
けれども、それはつまり平穏だったということ。
今年もいろんなことがあったけど、
とにかくこうして花の香りを楽しめている自分がいる。
来年もまた、同じように平穏な秋が訪れますように。
コペルニクス的転回
光より速い素粒子が観測されたそうですね。
発表した名古屋大などの国際研究グループが 他に検証を求めている段階なので、
まだどうなるか分かりませんが、
これが間違いでないとすると、これまでの物理学の常識がひっくり返ってしまうと、
巷で大騒ぎになっています。
人類はまさに「コペルニクス的転回」 を迫られるということになるのでしょうか。
「コペルニクス的転回」の”コペルニクス”というのはもちろん、天動説を捨て
地動説を唱えたことで知られるあの有名な天文学者 ニコラウス・コペルニクスのこと。
この言葉は、「発想法を根本的に変えることによって、
物事の新しい局面が切り開かれること」を意味するそうです。
現代では地動説が常識になっていますが、
16世紀までは天動説がキリスト教の支持を受け、定説でした。
地動説を唱えたガリレイは宗教裁判を受け、
法王より「地動説の放棄」を命ぜられたといいます。
真実が意図的にゆがめられてしまうことも、多々あるということですね。
今まで真実だと思っていたものが、ある日突然根底から覆されてしまう・・・
そんなどんでん返しを、人類はいったい何度繰り返してきたのでしょうか?
しかも、多くの人が真実だと信じたものが、真理はどうであれ
事実上の真実になってしまうという現実は、今も昔も変わりません。
私たちが今真実だと思って疑わないものは、ただそう思っているだけなのかもしれないし、
もしかすると、そう思わされているだけなのかもしれない。
そしていつか、突然ひっくり返ってしまうかもしれない。
そう思うと、なんだか現実が虚ろに見えてきます。
それでも私たちは、現時点での真実を基盤に生きるしかないんですね。
見方を変えれば、未来にはまだ私たちが知り得ないものが未知数にある、ということ。
そう思うと、ワクワクします。
こっちの見方の方が、ポジティブ?かな・・・
あまり、目の前のことに固執し過ぎず、色即是空を意識してあるがままに生きられたら、
いつか人類は、普遍の真理にたどり着けるでしょうか?
ロックフェラーの天使の羽
聴いただけで、突然涙が出てくる・・・
たま~に、そういう音楽に出会います。
それが思い出の曲で、ある記憶がよみがえったとか、
何かに共鳴したとか、そういうことではなくて、
(そういう感動もあるけれど)
本当に何の前触れもなく、ただただ心が震えて涙が出てくる・・・
悲しいとか、嬉しいとかでもない。
"感情"が発現するところとは違う、もっと深い場所から沸き上がってくる"なにか"。
例えば、辻井伸行さんが演奏する「ロックフェラーの天使の羽」がそうでした。
この曲は、彼が小学6年生の時に作曲したものだそうです。
Unlikely Friendships
毎年年末に友人がプレゼントしてくれる日めくりのDOGS カレンダーには、
時々、猫や鳥など他の動物と仲良く寄り添う犬たちが登場します。
私はこういう写真がたまらなく好きで、その日めくりの一枚を
いつまでもデスク周りに貼ってあったりします。
先日もこのコラム欄で、イルカと触れ合う犬や猫の映像をご紹介しました。
「犬猿の仲」と言ってみたり、
ネズミをひたすら追いかけるネコのアニメを作ってみたり、
人間は勝手に、異種の動物は互いに相容れないものと思っているような節があるけれど、
こういう写真を見ていると、そうとばかりは言えないんじゃないかと思えてくるのです。
ところで、こんな本が最近アメリカで出版されたのでご紹介します。
タイトルは『Unlikely Friendships』。
unlikely という単語は、ありそうもない, 思いもよらない・・・という意味。
仔豚を育てる犬、仔猫を抱くゴリラ、ひよこたちと寄り添う犬とネコ・・・など
47の微笑ましいエピソードが掲載されています。
どの写真を見ても、なんだか涙が出てくる・・・
AMAZONで買えるようなので、リンクしておきました。

イワン・ガンチョフの絵本
先日新着UPしたブルガリアのイラストレーター、イワン・ガンチョフの絵本
「ひのやま」のイラストから、
私は、砂や鉱石の顕微鏡写真のような印象を受けました。
これが「ひのやま」のイラスト
で・・・
これは砂漠の砂の顕微鏡写真

これはハワイの海の砂の一粒一粒


http://sandgrains.com/
鉱石の顕微鏡写真・・・・

これはなんと、お酒を結晶化したもの








