*たわごとコラム

ちょっと、涼んでいってください

今年の夏は、本当に暑いですね~。
快晴の日に外出すると、暑さで気が遠くなりそうです。(笑)

ちょっと、涼んでいってください。

*餌をあげてみてね。

梱包にもお国柄

うちは洋書を扱っているので、毎月いろんな国から小包が届きます。
これまでに相当数の荷物を受け取りましたが、
今でも毎回、箱を開けて中を確認してみるまでは、ドキドキヒヤヒヤです。
とにかく、輸送中に荷が傷んでしまっていることがとても多くて、
受け取った時点で大きなため息が出てしまうことも少なくありません。

まあ、遠い所から海を越えてはるばる運ばれてくるのですから、
外箱に関しては、全くの無傷という訳にはいかないでしょうが、
内容物の損傷は梱包の仕方である程度までは防げるはずなのです。

もちろん、その都度くれぐれも厳重に梱包して欲しいと依頼していますし、
時にはかなり具体的に指示することもあるのですが、
実際に荷を受け取ってみると、不十分だなと感じることの方が多いです。

どう考えてもダメージを受けて当然、というレベルから、
ものすごく頑張ってくれているのは分かるけど、
これじゃあやっぱり無理でしょう、というレベルまで。

梱包の仕方には、包んだ人の人柄が出ますが、お国柄も出ます。
例えば、国によって段ボールやテープの質が違い、それが大きく影響してきます。
外箱をわざわざ二重にしてくれているのに、そもそも段ボールの強度が足りないために、
荷が原型を留めていないとか、クッション材の質が悪くて何の役にも立っていないとか。

そんな小包を受け取る度に、
一昔前、モスクワで初めて買い物をした時のことを思い出します。
入国した初日に売店でビン入りの飲み物を何本か買ったら、
日本のスーパーで貰えるのと同じ様なビニールの手提げ袋に入れて渡してくれたのですが、
店を出て何メートルも歩かないうちに、突然持ち手の部分が切れて、
せっかく買ったジュースが全部割れてしまったことがありました。
日本ではあり得ないことですが、それが当たり前という国もあるのです。
だからもう、こういうケースはクレームのつけようがありません。

どんなものでも一定以上の質が約束されている日本のような国で生まれ育つと、
こんなことでも最初はちょっとびっくりしてしまうんですよね。

日本の当たり前が、他の国では通用しない。
文化の違いによる感覚の差は、一朝一夕には埋りません。
それが、諸外国から送られてくる小さな小包一つにも、如実に表れているのです。
そういう違いは、梱包だけではなく、もちろん商品そのものにも表れるので、
時には、輸送中にダメージを受けたものなのか、
送る前からそういう状態だったのか分からないこともあります。

でき得る限りの対処をしてきたつもりですが、
今では、100%日本の基準に合わせるのは無理だと悟りました。
国際小包を受け取る時のドキドキヒヤヒヤは、これからも続きそうです。

「堀内誠一 旅と絵本とデザインと」展

静岡県三島市の佐野美術館で開催中の
「堀内誠一 旅と絵本とデザインと」展を観てきました。

小規模ながら幼少期の作品から旅先でのスケッチまで展示されており、
かなり見応えのある内容でした。

展示室は大きく3つに分かれていて、展覧会タイトル通り、
それぞれの部屋に堀内さんの旅と絵本とデザインにまつわる
多彩なアートワークが展示されています。

Precious Booksでは、絵本作家としての堀内さんを紹介することが多いのですが、
周知の通り彼は、“後世に残る数多の作品を生み出した天才的デザイナー”であり
“世界28カ国300都市を訪れた旅人”でもあったのです。

もちろん、展覧会を観れば、
そんな単純な言葉では表現できるはずもない程、多才な人であることは一目瞭然。
堀内さんの偉大さについては今更ここで書くまでもありませんが、
今回感じたことを、少しだけ書き留めておくことにします。

この展覧会で、私が一番多くの時間を費やしたのは“旅”の展示室でした。
展示されているものは全て、もちろん堀内さんの作品で、
つまり彼が“アウトプット”したものなのですが、
旅にまつわるアートワークは、むしろ“インプット”の印象が強いのです。
旅によって“インプット”されたものが、
デザインや絵本という“アウトプット”を生み出している・・・
堀内さんにとって旅は、 つきることのない創造の源泉だったということが、
今回の展覧会ではとてもよく伝わってきました。

彼は、まだ海外旅行が一般的でなかった時代に世界中の国々を旅して、
独自の視点でとらえた各地の文化や風俗を、
個性あふれる スケッチやスナップ写真、エッセイによって日本に紹介しました。

もちろん、それらは雑誌の記事になり、あるいは書籍として出版されているので、
れっきとした仕事(=アウトプット)だったのですが、 実際にその原稿を目にすると、
『仕事のために』というよりも、ほとんど衝動的に
旅先で得たものを記録していたのではないかと感じられるのです。

その記録は、ちょっとしたメモから出版用の原稿に至るまで、息をのむ程に詳細です。
まるで、感動したものの全てを、一つの取りこぼしもなく
細かく記憶に焼き付けようとしたかのように。

それを仕上げるには、膨大な時間とエネルギーを要しただろうと思われるアートワークが
たくさん展示されていましたが、堀内さんにとって、
旅にまつわる仕事はあくまでも“インプット”で、
決して消耗してしまうことはなかったのではないか、それどころか、
楽しくて仕方なかったのではないかという印象を受けました。

街角の何気ない風景。
普通の人たちの普通の暮らし。
通りがかりの子供たちの笑顔。
人間が長い歴史の中で作り出してきたありとあらゆるもの・・・

その視線は、特に人間や人間の作り出したものに向けられています。

そんなものたちを、堀内さんはまるで宝物の在処を示すかのように
ひとつひとつ細かく記録しています。
それらを目にすると、「世界はこんなにも愛すべきものであふれているよ」という
堀内さんの 声が聞こえてきそうです。
彼が、この世界の“ディテール”のひとつひとつを味わい、
心から愛しんでいたことが伝わってくるのです。

この世界を愛し、生きることを十二分に楽しんで、堀内さんは逝きました。
堀内さんにとっては、天国もきっと、未知の旅先。
今も、いろんなものにワクワクドキドキしながら、
たくさんのスケッチを描いていることでしょう。

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堀内誠一 旅と絵本とデザインと 
平成22年7月10日(土)-8月29日(日)
静岡県三島市 佐野美術館

http://www.sanobi.or.jp/tenrankai/2010/horiuchi.html

手書きのお便り

暑中見舞いのはがきが届きました。

色鉛筆で描かれた夏の海・・・
添えられたメッセージも宛先も手書きの文字で、
花火の絵柄の切手が貼られています。

時間をかけ、心を尽くしてこの葉書を送ってくださったMさんの姿が目に浮かびます。

昨今は、何でもメールで済ませてしまいがちなので、
手書きのお便りが届くと、かつて以上にうれしい気持ちになります。

やっぱり、いいですね。人の手が感じられるものは。

「字が下手だから、手紙を書くのは気が引ける」と言っていた知人がいましたが、
そんなことは関係ないのです。
時間をかけて、心を込めて書いてくれたのだという、その気持ちがうれしいのですから。

もちろんメールは手軽だし、タイムリーに送れるし、
地球の裏側にだって瞬時に届くのですから、すれはそれですばらしいのだけれど、
手紙や葉書には、メールにはない良さがありますよね。

ちょっと緊張して文字を書いて、切手を貼って、
ポストまで出しにいって、何日かしてから返事が届く。
何日もかけて思いを届け合う。
その数日のうちに心が深まって、伝える言葉が磨かれてゆく。

メールのようにフレッシュな言葉もいいけれど、
熟成した言葉には深い思いが宿ります。

パソコンを使うようになって、葉書や手紙を書く機会がめっきり減ってしまいました。
ちょっと反省しています。

今日の海は、しっかり夏色

今日の海は、しっかり夏色でした。
もしかすると、この辺りはこのまま梅雨明けになるのかもしれません。

街は、お祭りでにぎわっています。

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こんな場所でちゃんとヒナが育っている

とある器屋さんで写した写真。

このお店は昔ながらの八百屋さんみたいに、
表通りに向かって大きく開け放たれています。

といっても、時間になれば、ちゃんと店を閉めるはずなのですが・・・

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それにしても、なんて居心地がよさそうなのかしら。
(人間にとっても気持ちのいいお店ですけれどね)

ヒナがちょっとだけ顔を出しているのが見えるでしょうか?

こうしてこんな場所でちゃんとヒナが育っているということは、
このお店の店主さんが、いろいろ気を遣いながら
ツバメの子育てをそっと見守っている証拠です。

鳥が巣をつくる家には福がくる

チェコにとても古いコウノトリの巣があると、ニュースになっていました。
1864年に作られたという記録が地元の自治体に残っているそうで、
以来150年近く経った今も、その巣は「現役」なのだそうです。

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コウノトリのために、この煙突は150年間使われなかったのでしょうね。
すっかり、巣と一体化しています。
煙突の持ち主さんがいるとすれば、
自分が生まれる前からこういう状態だったわけですから、
大して不便を感じることもないのかもしれません。

この写真を見て、私はすぐにヨセフ・ラダの絵本を思い出しました。
もしもラダがこの巣のことを知っていたら、必ず題材にすると思うのです。
どんな絵になるかも、何となく想像できます。
もしかすると、本当に作品が残っているかもしれませんね。
なんてたって、150年前から現役なのですから。

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煙突の持ち主さん気持ち、私も少しだけ分かります。

実は・・・

最近、窓の外の電線にスズメがとまっていることが多いな~と思っていたら、
どうやらうちの屋根に巣を作っているみたいなのです。
ベランダにでると、頭上でヒナの鳴き声が聞こえます。
スズメは用心深いので、いつもなら窓を開けると
さ~っと飛んでいってしまうのですが、親鳥は全く動じません。

気付いた当初は、ベランダから電線に止まっているスズメたちに
「ここに巣をつくられると、困るんだよね~」なんて話しかけてみたり、
足場をつくって巣の様子を見てみようとしていたのですが、すぐに思い直しました。
そんなことをしたら、親鳥が育児放棄をしてしまうかもしれないと思ったからです。

鳥に巣を作られると屋根が傷むといわれているけれど、
もしもヒナが親鳥に見捨てられてしまったら・・・・

「屋根が傷んだら、直せばいいね」
ということで、スズメの子育てをそっと見守ることにしました。

なんだか上の階に小さな家族が住んでいる感じで、
そう思うとちょっとあたたかい気持ちになります。

近所のおじいさんによれば「鳥が巣をつくる家には福がくる」そうですしね。(笑)

煙突の持ち主さんも、多分同じような気持ちなのではないかと思うのです。
きっと、福もいっぱい来たに違いありません。

指定銀行についてのお知らせ

ゆうちょ銀行のサービス改訂や指定銀行の再編などに伴い、Informationの「注文の仕方」>>「お支払い」の項目と、納品・請求書記載の指定口座の記述を一部変更しました。詳細は以下の通りです。

これまでイーバンク銀行を指定銀行のひとつとして記載しておりましたが、同行の楽天銀行への移行に伴い、サービス内容が大きく変更になったため、今後はゆうちょ銀行とジャパンネット銀行の2行のみを指定銀行にさせていただくことにしました。

現在ゆうちょ銀行が、9月30日までATMによる口座間送金の手数料を無料にするというキャンペーンを行っています。
お支払い方法を「ゆうちょ振替」とご指定いただいた場合には振り替え用紙を同封させていただいていますが、 もしもゆうちょ銀行に口座をお持ちでしたら、この用紙を使わずATMで、口座間送金というかたちにすると、手数料が一切かかりません。
手続きの際にはカードか通帳が必要になりますので、忘れずにご持参くださいね。
ゆうちょダイレクトというインターネットの手続きがご利用可能なら、こちらも無料で送金できます(月5回まで)。

以上、何かご不明な点がありましたら、お気兼ねなくお問い合わせください。

紫陽花

今、西側の窓から見えるあじさいは満開。
梅雨空にそこだけ光が射したようで、
ついついぼんやりと外を眺めている時間が増えてしまいます。

なぜだか、しとしと雨が降る日の方が美しく見えるのは気のせいでしょうか。

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「紫陽花」とはいったい誰が名付けた名前なのでしょう。
そしてなぜ、「あじさい」と読むのでしょう。
ちょっと気になって調べてみました。

和名の「あじさい」は、集(あづ)・真藍(さあい)が変化したもの。
真藍(さあい)は青いという意味です。
つまり、アジサイは「青の集まり」という意味で、その花姿から命名されたんですね。

「紫陽花」という漢名は、どうやら当て字のようです。
しかも、『 アジサイに漢名をあてはめる必要に迫られたとき、唐の詩人白楽天(白居易)の詩の中から日本のアジサイとは全く別植物の「紫陽花」を持ち出してきた。以来、アジサイは「紫陽花」となった』とのこと。
本来「紫陽花」は『中国の招賢寺という寺にあった名の知れぬ山樹に咲く花で、色は紫、芳香を放つ仙界の麗花であった』と言われているそうです。

紫陽花詩    白楽天(白居易)
 何年植向仙壇上  何れの年にか植えて仙壇の上に向う
 早晩移栽到梵家  早晩移栽して梵家に到る
 雖在人間人不識  人間(じんかん)に在るといえども人識らず
 与君名作紫陽花  君がため名づけて紫陽花となさむ

この詩には白居易の自註が付されているそうです。
 招賢寺有山花一樹、無人知名。色紫気香、芳麗可愛、頗類仙物。因以紫陽花名之。
 招賢寺に山花一樹あり、名を知る人なし。色紫にして気香しく、芳麗にして愛すべく、
  頗る仙物に類す。よって紫陽花を以てこれを名づく

つまり「紫陽花」は、詩人が人知れず咲く花に即興で名付けたものだったんですね。
あじさいの花のイメージにぴったりの漢字名だと思っていたので、ちょっと意外でした。

とすると、 中国の招賢寺に咲くという本物の紫陽花とは
いったいどんな花なのか気になりますね。
「色紫にして気香しく」とありますが、あじさいに香りはありません。
後の人々の予想ではライラックが有力候補のようですが、想像の域を出ないようです。

けれどももし、 白楽天(白居易)さんが日本のあじさいを見たら、
やっぱり紫陽花と名付けるのではないか、という気がするのですが、どうでしょう?

おそすぎないうちに

「おそすぎないうちに」という歌に出会いました。
小学校の先生が作詞作曲した、合唱曲だそうです。

子供たちが歌うとなおさら、まっすぐ心に響いてきます。

人はなぜ、失ってからでないと気づけないのでしょうね。

【おそすぎないうちに】 作詞:作曲 中山真理
     
[1]  
なくしてしまってから その大切さに気づいて
悔やんだり悲しんだり してもおそすぎるよ
もしかしたら一番 この世でたいせつな物は
普段あまりに身近すぎて 気にもとめていないかも
今あるすべての物は 当たり前なんかじゃなく
今あるすべての物が 奇跡的にあるとしたら
君はどうやってそれを 守るだろう
おそすぎないうちに 間に合ういまのうちに
できる限りのことをしよう 生まれてこられたお礼に

[2]
なくしてしまってから その温かさに気づいて
悔やんだり悲しんだり してもおそすぎるよ
もしかしたら一番 この世でたいせつな人は
当たり前と決めつけてて いると疑わないかも
生きてるすべての人は なんとなくなんかじゃなく
生きてるすべての人が ギリギリ生きてるとしたら
君はどうやってそれを 愛すだろう
おそすぎないうちに 間に合ういまのうちに
できる限りのことをしよう 生まれてこられたお礼に

http://www.youtube.com/watch?v=6JIUF8aMcSc
http://www.youtube.com/watch?v=-9psacAXg4w&feature=related

そういう種類

最近、店主Bが無精髭をはやしています。

本人曰く、
「頭の毛が少なくなってきたから、上下でバランスをとっているんだ」とのこと。

若い時にはあまり似合わなかったけれど、それなりに年を重ねて、
今では結構、様になっています。

朝食の時、おもむろに
「どうして、あご髭にだけ白髪がまじるのかな?」と聞かれました。
鼻の下の髭は真っ黒なのに・・・と不思議に思っている様子。

「そういう種類だからだよ」と私。

「種類?」

「クロッキーは黒かったけど、鼻の周りや眉毛は白かったでしょ?
 全身茶色で顔だけ黒い子もいるし、 目の周りだけ白い子もいるし・・・」

「俺はこういう種類なんだ?」

「そうだよ」

「ふ~ん」

・・・・・我が家の会話は、大方こんな感じです。

強いな・・・

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