*たわごとコラム
何をどうしていいのやら・・・
時々、FacebookやMixiなどからお誘い?のメールをいただくのですが、
(お誘いくださった皆様、ありがとうございます。)
SNSには全く疎くて、何をどうしていいのやら・・・
本当にゴメンナサイ。
知人や友人から近況報告をするからとメールをもらって、
よく意味もわからずにアカウントだけは作ってあるのですが、
何にもしてないのでずっと幽霊化したままです。
SNSには、そんな幽霊でも検索すれば見つけられる機能があるらしく、
時折思いも寄らない人からメッセージがきます。
ネットショップを運営していながら
FacebookやMixiはおろか、TwitterもNews letterも
な~んにもやってないというのはいかがなものかという自覚はあるのですが、
何せ携帯電話さえなくても困らないアンチ・ネットワーク人間のため、
いつまでたっても進歩がありません。
PCや携帯に触れている時間を少しでも短縮したいという
潜在的な希望があることも理由の一つだと思います。
そんな時代錯誤的な私ですが、最近複数の友人から背中を押されてノロノロと準備中です。
もう少ししたらきっとレスポンスぐらいは出来るようになると思いますので、
それまでの間、しばしの失礼をお許しください。。。
変えられるものと変えられないもの
むかーし昔、スペインからいらっしゃったというある神父様とご縁がありました。
いつもニコニコしていて、ちょっとおちゃめなその神父様が私は大好きで、
何度かお話を伺いに教会に足を運びました。
信者でもない、しかも入信する意志もない私に神父様は、
『何の問題もありません』とおおらかに接してくださいました。
そんな気さくな神父様が、
主任司祭(しかも日本を代表する教会の)であることを知ったのは、
しばらく経ってからのこと。
神父様は、私が初めて実際に出会った”聖人”でした。
今思えば、神父様からは本当にたくさんの贈り物を頂きました。
挙げていけばきりがないのですが
最近、神父様から教えていただいた
ある祈りの言葉をしばしば思い出すようになりました。
主よ
変えられないものを 受け入れる心の静けさと
変えられるものを 変える勇気と
その両者を見分ける 英知をお与えください
God
grant me the serenity
to accept the things I cannot change,
the courage to change the things I can;
and the wisdom to know the difference.
特に印象に残っているのが
「変えられないものを 受け入れる心の静けさ」という一文。
「変えられないものを、それがどんなことでも
心静かに受け入れられるようになりますように」ということ。
とにかく若い頃は、「努力によって変える」ことを良しとする価値観に偏るばかりで、
「変えられないもの」を受け入れる強さについて、
学ぶ機会は滅多になかったような気がするのです。
だからこそ、この言葉が深く印象に残ったのかもしれません。
あれから長い年月が経ちました。
今ならこの祈りの言葉が身にしみて分かります。
「両者を見分ける 英知」をどれだけ学べたか分かりませんが
たくさんの「変えられないもの」を知りました。
変えられなくても生きなければならないのなら、
それを「受け入れる」しかありません。
「変えられないもの」は容赦なく、後から後から現れます。
だからこそ、願わくば心静かに受け入れられるようになりたい・・・
それ以前に、私の場合は
「変えられるものを最初から変えられないと決めつけて努力を怠る愚かさ」
を改めなければ(苦笑)
食卓ミステリー第3弾
食卓ミステリー第3弾(←後付けタイトル・・・笑)
なかなか包丁を入れられないでいるこのニンジン・・・
そうこうしているうちにちょっとしなびてきたりして、
更に迫力?が増しつつあります。
「とても他人とは思えない・・・」と店主B。
愛着の理由は・・・
このニンジンが自家製だからです。(笑)
自家製野菜は、大きさも形も不揃い。
時々こんなフォトジェニックな子も育ちます。
お店に並んでいる野菜は、まるで工業製品のように
形が揃っていて、なんだか不思議。
時には不格好なものも穫れると思うのですが、
その子たちはいったい・・・?
だけど、もしもこんなニンジンがお店に並んだら、
誰か買ってくれるでしょうか?
ちなみにニンジンは漢字で書くと「人参」
枝分かれした根の形が人の姿を思わせることが、
その名称の由来といわれているそうですよ。
納得。
これは昨年度産。
せっかくだから名前付けてみました。
ゴーヤのジュース
ゴーヤのジュースが身体にいいというので、
ものは試しに飲んでみました。
ゴーヤを生のままミキサーにかけて、
そのまま一気飲み!
というか、覚悟を決めて一気に飲まないと、
途中で挫折しそう。
(涙目)(涙目)(涙目)・・・
罰ゲームとしか思えないけど、きっと効いてる!
健康になれる!
と、自分に言い聞かせて 最後まで飲み干しました。
これは昨年夏に、Bの実家で穫れたゴーヤ。
栽培は比較的簡単。
だから夏の間はゴーヤジュースが思いっきり飲めるんだよ~。
うれしいな~(涙目)
ゴーヤは熟れると写真のように黄色くなります。
そして、あっという間に崩れます。
そして中から真っ赤な種が!!
「きゃ~~!!」
っていいたくなるくらい、なんだかオカルトチック・・・
ゴーヤも熟れている方が栄養価が高いでしょうか?
だとしたら、緑よりも黄色のゴーヤジュースの方が効きますかね?
「このクコの実のような赤い種をトッピングにしたら、トロピカルジュースのようで
おいしそうに見えるかも・・・」と思いつつも、
勇気がなくて、とても試すことができません。
だいだい色ってどんな色?
「だいだい色」は、子供の頃に持っていた色鉛筆のセットに入っていました。
だから私にとって、「だいだい色」といえばその色鉛筆の色のことで、
そもそも「だいだい」が何を示すものなのか、考えたこともありませんでした。
しばらくして、「だいだい」が柑橘類の一種らしいことを知りました。
けれども、食べたこともなかったし、おそらく手にしたこともありませんでした。
数年前に越してきたここ伊豆半島は、柑橘類の名産地。
「だいだい」の木もたくさんあります。
「だいだい」は漢字で書くと「橙」、英語で「ビターオレンジ」。
酸味と苦味が強いので、そのまま食べることはありません。
利用方法は、お正月飾りに使うか、ポン酢にするか・・・
砂糖をいっぱい使ってマーマレードにするぐらい。
やっぱり日本では「だいだい」よりも
「みかん」の方がポピュラーなのではないでしょうか。
なのにどうして、色鉛筆セットに入っているのは
「みかん色」ではなくて「だいだい色」なのでしょう?
もちろん「オレンジ色」でもいいけれど、
みかんなら、冬になれば大抵誰でも手に取って見ることができますし、
やっぱり日本独自の色名の方がいいような気がします。
第一、「みかん色」なんてすごく可愛らしい名前だと思うのです・・・
といっても、橙とみかんとオレンジでは色味がちょっと違うのです。
要は、「赤と黄の間の色」のお話なんですけどね。
そもそも、赤青黄緑紫白黒など、主要な色には
その色そのものの名前があるのに、何故、赤と黄の間の色には
ものの例えの名前しかないのでしょうね。
赤50%+黄50%の色名がないのです。
この家の東側に、大きな2本のだいだいの木が立っています。
春に花をつけ、夏に濃い緑の実をつけて、
この季節一斉に色づき、寒々しい景色に彩りを添えています。
たわわに実ったそのだいだいの木を眺めながら、
とりとめもなく考えていました。
子供の頃、何も知らずに使っていた「だいだい色」の色鉛筆・・・
今は、はっきり分かります。
オレンジでもみかんでもない、酸っぱくてちょっと苦い「だいだい」の色が。
ぐりとぐらのカステラ
今話題の芦田愛菜ちゃんと鈴木福くんがあまりにもかわいいので、
お正月に一挙放送していた「マルモのおきて」というドラマを録画して
ぜ~んぶ観てしまいました。
二人ともまだ10歳にも満たないというのに、すでに大女優、名俳優の風格・・・
何から何まで感心することばかりです。
ところで、このドラマのエンディング近くに、
二人が、生き別れになったお母さんからプレゼントを贈られるシーンがあって、
ある有名な絵本がお話に使われているんです。
大きなかごに入れられて二人の元に届けられたのは、
フライパンで焼かれた、ふんわり黄色いカステラでした。
かごから出てきた、フライパン付きのカステラを見て
二人は目を丸くして叫びます。
「これっ・・・!」
・・・とその前に私が叫んでました。(笑)
「ぐりとぐらのカステラだ!」
その後、福君が全く同じセルフを復唱。(笑)
そうなんです、お母さんからのプレゼントは、
中川 李枝子さんと大村 百合子さんによる名作絵本
「ぐりとぐら」に登場するあのカステラだったのです。
親子でこの絵本を読んだ思い出がある、という設定だったんですね。
私も、遠い遠い昔、まだ小さな子供だった頃にこの絵本を開き、
確かにぐりとぐらと一緒に森へ出かけ、たくさんの動物たちと一緒に
カステラを食べたのです。
森に漂う甘い香り、ふんわり焼けた黄色いカステラのおいしかったこと・・・
この記憶は、実体験の記憶にも勝るとも劣らないリアリティーをもって、
あれから数十年たった今でも鮮やかに甦ってくるのです。
ドラマの中に出てきたカステラを一目見た瞬間に、
甘い香りが実際にぷ~んと漂ってきたくらいです。
この絵本は、もちろん今でも版を重ねています。
というよりも、日本で一番人気のある絵本、ですよね。
同じ思い出を持つ人が、きっとたくさんいることでしょう。
年代は違っても、みんなあの森でぐりとぐらのカステラをほうばった仲間です。
そう思うと、全国に幼なじみがたくさんいるような、楽しい気持ちになるのです。
絵本に宿るもの
何故、これほどにもたくさんの人が”絵本の力”を信じているのでしょう。
大災害の直後のような非常事態においても、
人々の中に深くしみ込んだ”絵本の力”への信頼が薄れることはありませんでした。
その揺るぎない思いは、いったいどこから来るものなのでしょうか。
絵本を読み聞かせる時のふれあいがいいのだと言う人もいます。
子供の脳の発達に大きな効果があると言う人もいます。
確かに、絵本には様々な「効果」があるようです。
けれども、「効果」があるから・・・というな理屈っぽい理由で、
例えば災害の直後に、様々な絵本ムーブメントが起こったとは思えないのです。
言葉ではうまく表現できないけれど、
絵本には、文化や時代や性別や世代など、あらゆる違いを越えて、
理屈抜きに万人の心に寄り添う力がある・・・と私は感じています。
絵本は、大人が作るものです。
アート表現の一環として制作されることもありますが、
だいたいにおいて、制作者には『子供のために』という思いがあります。
まだ、人生の複雑さを知らない子供たちに、
かつて自らも子供だった大人が、伝えようとするもの・・・
世界の美しさや、教訓や、想像力を羽ばたかせるファンタジー等々。
子供が子供であるうちに、伝えておきたいと思うものを選りすぐり、
どうすればそれが、澱みなく伝わるかを考える。
考えているうちに、純粋なものに近づき同化してゆく。
その時点で既に、子供の心に寄り添っているのです。
絵本を作る人にも、それを伝えようとする人にも、
自然に、なにか善的なものが作用しているように思うのです。
それがとても根源的なものであるがゆえに、
思いが、あらゆるボーダーを越えて人の心に届くのでしょう。
優れた絵本には、純粋で善的な力が宿っています。
その力を、子供も大人も無意識のうちに感じ取っているのではないでしょうか。
“絵本の力”を携えて
いよいよ、本日から更新スタートです。
新年一冊目のチョイスは「クシュラの奇跡」。
重い障害を抱えた少女クシュラが、絵本の読み聞かせによって、
奇跡な変化を遂げてゆくという成長記録です。
昨年春、日本は未曾有の大災害に見舞われました。
直後プレシャス・ブックスは、約一ヶ月間運営を休止しました。
『今は絵本どころではない』と、当時の私は強く思ってしまっていたのです。
ところが、間もなく日本中で「被災地の子供たちに絵本を送ろう」という
大きなムーブメントが起こりました。
必需品である食料や医療、医薬品とともに、
たくさんの絵本が現地に送られたのです。
“絵本の力”を、たくさんの人が感じている・・・あるいは信じている。
そうでなければ、こんなムーブメントが起こるはずがありません。
この出来事を切っ掛けに絵本が持つ可能性を再認識した私は、
戸惑いながらも、このサイトを再始動させることができました。
今年も、大なり小なりいろんなことが起こるでしょうが、
“絵本の力”を携えて、ゆっくりと確実に歩んでゆきたいと思っています。
本年も、どうぞよろしくお願い致します。
毎年言ってる・・・
今年もあっという間にクリスマスですね~(毎年言ってる・・・)。
今年は特にいろんなことがあったのに、
すごくすごく大変だったのに・・・
どうして振り返るといつも『あっという間』なんでしょうね?
それはある意味『救い』でもあるのでしょうか?
「今年の漢字」は「絆」
2011年の世相を1字で表す「今年の漢字」が、「絆」に決まりました。
候補の中には「震」「災」「波」・・・など、
3月に起きた東北関東大震災を直接的に表すものがいくつもありました。
ちなみに、阪神・淡路大震災が発生した1995年の「今年の漢字」は「震」。
記録的な天災が多かった2004年が 「災」。
この流れで、未曾有の大災害と言われる今年の災害を表すとすれば、
もっと強い漢字を当てなければならないような気がします。
それでも、最終的に選ばれた字は「絆」 。
私たちは、繰り返し訪れる苦しみをなんとか乗り越えながら、
どこに目を向けて生きるべきなのかを、 学びつつあるのかもしれません。










