*たわごとコラム

初夏の気配

なんだか急に初夏の気配がし始めましたね。
窓から見える山の色が、日毎に濃くなっています。
ツバメの姿も見かけました。

晴れて、降って、晴れて、降って・・・
少しずつ空気のにおいが変わってゆきます。

どこもかしこも花盛りで、移動中に道草ばかりしていました。

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花も団子も

お知らせ

どういうわけか、毎年この季節になるとバタバタします。
いろいろなことが始まったり、終わったり。
春ってやっぱり、そういう季節なんでしょうかね?

店主Aが留守になるため、土曜日から来週中頃まで更新は小休止です。
それ以外の業務がいつも通り・・・店主B&Cがお店番をします。

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店主Cといえば・・・

最近クロッキーは目に見えて元気になりました。
昨秋、失明した時にやむなく使った強い薬の影響が、
やっと消えてきたようです。
いつ行っても、クロッキーのことを喜んで迎えてくれる、
恋犬こうちゃんのお陰かもしれません。

もちろん、今でも散歩の目的地はこうちゃんの家なのですが、
最近クロッキーは、こうちゃんだけではなくて、
こうちゃんの飼い主さんに 会うのも楽しみになっています。
どうしてかというと・・・おやつをくれるから。(苦笑)

もともと犬好きな方なので、クロッキーのことをまるで
息子の嫁のようにかわいがってくれるのです。

今はどちらかというと、花より団子?
いずれにしても、“花も団子も”で、毎日同じ方角へ一目散です。
たかが散歩でも、目的があると違いますね~。
なにせ、行きと帰りとでは足取りが全然違うのですから。
行きはトコトコ、帰りはヨイヨイです。(笑)

ただいまの机上絵本 —「うたがみえる  きこえるよ 」

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原題は「 I see a song 」、初版は1973年で、エリック・カールの初期の頃の作品。
プレシャス・ブックスでは、"センス オブ ワンダー"のカテゴリーで紹介したい絵本です。

翻訳版のタイトルは、原題とちょっと違います。
原題をそのまま訳せば「うたがみえる」の部分だけになるはずですが、
その後に小さな文字で「きこえるよ」が続きます。

理屈では、うたは“きく”もので“みる”ものではありません。
でも、この絵本には見えないはずのうたが描かれていています。
絵は“みる”もので“きく”ものではありません。
でも、この絵本からは聞こえないはずのうたが聞こえてきます。
だから邦題は「うたみえる きこえるよ 」になったのでしょう。

本を開くと・・・
最初に登場してくるバイオリニストは、モノクロで描かれています。
彼が演奏を始めると、その音楽には色がついていて多様に変幻します。
そして演奏が終わると、モノクロだったバイオリニスト自身がカラフルになっているのです。

何を感じるかは全て本を開いた人にゆだねられた文字のない絵本で、
エリック・カール自身が書いたあとがきによれば、
『ある子どもは宇宙の創造について語っているのだといい、
ある図書館員は「この本はなぜこんなにかなしいのですか」と問いかけてきました。この絵本は,音楽だけを描いているのではありません。・・・』とのこと。

『この絵本からどんな音楽が聞こえてくるかな?
』なんていう前置きも、
不要な概念を作ってしまうということですね。

これは、“絵本だからこそ”の作品といえると思います。
逆に言えば、絵本以外の方法では表現できない作品ということ。
それだけでも、名作と呼ぶにふさわしいのではないかと思うのです。

とにもかくにも、私の中では“殿堂入り”の一冊。
表紙を飾っておくだけでも、感覚が刺激されます。

見ているだけでもほら・・・元気になってくるでしょう?

表紙に描かれた顔は、なんとなく、この作品の命そのものというか、
エネルギーというか・・・精・・・のようにも見えるんです。
「うたみえる きこえるよ 」という絵本の精・・・??

なんだか言葉ではうまく表現できません。
そもそも、理屈では説明できない作品なのです。

先日「生きているものの黄色やオレンジ色から元気をもらう」というコラムを書きましたが、
この絵本は全ての色が、間違いなく
“生きて”います。

本屋さんでぜひ
!  >>うたが みえる きこえるよ

お裾分けのお裾分け

ご近所さんからのお裾分け。みかんやネーブルなど全部で6種類。
裏山の畑で採れたのだそうです。

見ているだけで元気になりそうなので、皆さんにもお裾分け・・・
まさに、ビタミン・カラーですね~。

私にとって黄色やオレンジ色は,元気をくれる色なのですが、
だからって、カーテンを黄色に・・・という使い方はどうもダメで、
果物とか、花とか・・・つまり“生きているもの”がいいみたいなのです。

この辺りは柑橘類の産地で、オレンジ色の実をつける樹がたくさんあります。
特に意識はしていないのですが、かなりかなり元気を貰っていると思います。

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お花見

先週末は、花見にお呼ばれ。

裏山に住んでいる陶芸家のMさん宅は、庭に大きな桜の樹があるのです。

犬も一緒に・・・と言っていただけたので、
二人と一匹で、テクテク坂道を登ってゆきました。
たいした距離でもないのに、風景はすっかり山奥。
ゼイゼイ言いながらたどり着くと、それはそれは見事な
満開のソメイヨシノが迎えてくれました。

庭で花見ができるなんて、なんという贅沢でしょう。

「毎年こんな豪華な花見ができるなんて、贅沢ですね~」というと、
「人を呼べる程になったのは、ここ数年のことですよ」とMさん。

なんとこの桜は、20数年前にMさんがここに居を構えた時に、
細い苗木を植えて育てたものだというのです。
あまりにも立派な桜なので、 私はまた、
もう何百年も前からここに生えていたのかと思っていました。
桜って、たったニ十数年でこんなに生育するものなのですね。
ソメイヨシノの寿命は約60年といわれているそうで、
20数年目の樹はまさしく“花盛り”、最も花付きのいい樹齢なのだとか。

桜の寿命って、結構短いんですね。
知りませんでした。
日本の桜の80%を占めるというソメイヨシノは自然に増えることができない品種で、
戦後植えられた多くの樹がそろそろ寿命を迎えているとのこと。

人が介在しなければ、生き続けることができない樹なので、
誰も何もしなければ、いつか消えてしまうのだそうです。

そう思って見ると、それでなくても花期の短い桜がいっそう美しく見えました。

それにしても、一人の人間が、人生のうちで一本の苗木を植えたか植えないかで、
20数年後にはこんなにも現実が変わるんですね・・・

いつも“ただ見せていただいているだけの自分”が、
ちょっとせつなくなるお花見でした。

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猛犬に注意

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これから友だちになる犬 ・・・
いつも、ものすごい勢いで吠えています。

“猛犬に注意”という札が、魔除けのように貼ってあって、
4枚のうちの1枚には『犬にかまれても、一切責任は負いません』というメッセージ。
(こういう札、売ってるんですね・・苦笑)

といっても、飼い主さんは決して無責任な方ではありません。
この子は飼い主さんのお陰で命拾いした、もと捨て犬なんです。

ワンワンッ・ワンッ!!!ガリガリバリバリ!!!(←ベニア板をかじる音)
怖がって、だ~れも近づきません。

なにがこの子をそうさせるんですかね~。
ちょっと、泣いているみたいな顔をしています。

金柑

この週末父の家に遊びに行くと、庭の金柑の木がたわわに実をつけていました。

「毎日のように鳥が来て食べにくるよ」、と父。

よく見ると、つつかれている実もたくさんあります。

遊びに来ていた叔母が、

「 はやく収穫しないとみんな食べられちゃうよ」と言うと、父は

「金柑を食べるより、毎日飛んでくる鳥たちを見ている方がいい」

と言いました。

だけど、 叔母は金柑が大好き。

そこで・・・

半分だけ収穫して、あとは鳥たちのために残しておくことにしました。

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うちも、少しだけお裾分けをもらってきました。

「大地に埋まって」---------------—つづき

以前、パーマカルチャーの実践者であり創始者の一人でもある
オーストラリアのビル・モリソンさんが来日した時に、
お話を伺いに行きました。

パーマカルチャーというのは、パーマネント(永久な)と
アグリカルチャ-(農業)・カルチャー(文化)を組み合わせた造語で、
“人間にとっての恒久的持続可能な環境を作り出すためのデザイン体系”
と定義されています。

こんなふうに言ってしまうとなんだか難しそうですが、
要は、自然と調和しないと決して持続可能な文化を築くことはできないのだから、
どうしたらそうできるか、多面的に考えて、実践してみて、体系化した・・・
ということなのです。
もちろん、「とにかく田舎暮らしをしましょう!」などという短絡的なものではありません。

ビル・モリソンさんが来日したのは、結構寒い季節だったのですが、
終始裸足にサンダル履きという姿で、それがとても印象的でした。
いつでもどこでも、ほとんど裸足で過ごすという彼は、
足先にボロボロのビーチサンダルをひらひらさせながら、
「私は足の裏で大地とつながっている。足の裏を通じて、大地の様々な状況を感じ取るのだ」
と言っていました。
まるで、足の裏はとても感度のいいアンテナでありセンサーなのだよ、というように。

頭で考える前に、足の裏で感じ取る・・・
ビル・モリソンさんは、そういう生き方をしている人なのです。

生きとし生けるものはみんな、意識していなくともそんなふうに、
大地から何かを受け取っているのかもしれません。
受け取っているだけではなく、交感しているのかも。
とにかく、そのコネクションが弱まると生命力が低下してしまうのではないか
と私は思っています。

よく、土いじりをすると元気になると言いますよね。
土だけではなくて、川や海で泳いだり、森に入って草木に触れたり、
自然の中に身を置くだけでも、リフレッシュします。
野菜や果物など、新鮮な食べ物をいただくことは、
間接的に大地と繋がるということなのかもしれません。

首まですっぽり土に埋まったら、希薄になってしまった大地とのつながりを
大急ぎで取り戻すことができそうです。
そうしたら生命力が高まって、どんな病気もすっかり治ってしまいそう。

首まですっぽり・・というのはちょっと大変だけど、
裸足になって土の上を歩いてみるとか、
大きな樹に触ってみたり、 草の上に座ってみるとか・・・
そんなことでも、“つながり”を 取り戻せそうな気がします。

「大地に埋まって」---------------—つづき

今日は先日のコラムの続きを、と思っていたのですが、いきなり脱線。

朝、日めくりカレンダーをめくったら・・・

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この子も病気の治療中??
それとも、巣作り??

不敵な笑いを浮かべているところを見ると、
埋蔵金を発見したとか?

大地に埋まって

「大地に埋まって」---------------—

先日、友人のJさんが“砂に埋まる”という治療法があると教えてくれました。

簡単にいってしまうと、砂に埋まってデトックス(毒素排泄)するという方法だそうで、
よく知られている“砂風呂 ”というのとはちょっとニュアンスが違います。

そんな話を聞いて、以前、知り合いの武術家であり気功師のS氏が、
年に一度山に入って土に埋まるのだと言っていたことを思い出しました。
それはやはり、身体に溜まった毒素を排泄するためで、
さらに、気も充実するのだと。

とにかく、人の手が一切入っておらず、農薬などの化学物質で汚染されていないことが、
埋まる場所の絶対条件なのだそうで、
そんな場所を探すだけでも一苦労だということでした。
そして、人が埋まった場所にはしばらくの間、草一本生えないのだとも言っていました。

そんな山奥に穴を掘って半日も首まですっぽり埋まっているなんて、
治療というより修行だよ・・・ と、俗人の私は目を白黒させて聞いていました。
私がもしも実践すれば、治療どころかそのままあの世行き、
首だけ出ているソクシンブツになってしまう・・・と
その時は悲惨なイメージばかりが浮かんでいたのですが、
私もその後ちょっとは修行したんですかね~(笑)
今では、ものすごく理にかなった方法だと思っています。

「動物の本能」---------------—

それから数年後、クロッキーが乳腺炎を患った時のこと、
外に出たがるので庭に放したら、そこらじゅうに穴を掘って
その中にお腹を埋めていました。

そんなことをするのは、それが最初で最後。
その時は、炎症部分を冷やしているのかと思ったのですが、
冷やすだけなら、家の中の玄関のタイルでも、床でも、どこでもいいわけで、
やっぱり動物の本能で土を掘ったのではないかと思うのです。

土に埋まると、どんなことが起こるのでしょう?
デトックスといっても、多分物質的なものだけではないはず。
例えば、身体に溜まった静電気がアースされたりすることは、
もちろんあるでしょうけれど、それだけではないのでしょうね。。。つづく

まっすぐな雲?がいっぱい

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車窓からパチリ・・・まっすぐな雲?がいっぱい。
空を見ていると、あきません。
待たせている人がいなければ、渋滞でも全然平気。
(助手席の特権だけど・・・)

先日キャパに遭遇したとご紹介したケーキ屋さんのケーキ、とっても美味しかったです。
(お店の名前はモンブランです。)
私が選んだのは、ショートケーキとスミレのケーキとミルフィーユ。
いずれも、すごくシンプルで素朴なつくり。
それなのに、食べた瞬間に“おやっ”と思える何かがありました。

卵やクリームの味がしっかりと伝わってきて、口に入れた途端に
以前スポンジから手作りしたホーム・メイドのショートケーキを思い出したのですが、
だからといって、素人の手作り品のような隙はまったくないのです。

それが、守り続けてきた味なのか、それともたどり着いた味なのか、
気まぐれに立ち寄っただけの客には分かるはずもありませんが、
とにかく、グルメとはほど遠い私のような人間でも、
何かが違うなと感じられるケーキでした。

最近は、有名なパティシエが作り出す個性的なスィーツが
あれこれと話題になっています。
それに比べたら、ショートケーキなんて
どこのケーキ屋さんにも置いてある定番中の定番。
誰もが知っている味で、さほど大きなアタリ・ハズレはないと思うのですが、
だからこそ、特別なことをせずに違いを出すのは難しいのではないかと、
素人なりに思ってしまいました。

今日は土曜日、店主Bが自家製ベーコンとハムづくりに励んでいます。
だれかがちゃんとちゃんと作ったおいしいものを食べると、
いろいろな意味でやる気が起きてきて、
急に自分も何かをちゃんとちゃんと作りたくなるんだそうです。

ちゃんとちゃんと作ったものは、人を元気にするんですね。

ちなみに、どうしてこの日ケーキを買ったのかというと、
私の“なんでもない日”だったから・・(“不思議の国のアリス”風に言ってみた)
年に1.2回 、そういう日が突然やってきます・・・(意味不明)
つまり、本能が元気を求めたのかも・・・(さらに意味不明)

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リボンの結び方が“おみや”っぽくて、懐かしい。

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季節限定スミレのケーキ、 スポンジ+クリーム+スミレの砂糖漬け

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