*たわごとコラム
感謝
皆さん、クロッキーへのあたたかなメッセージ・・・
ありがとうございました。
今、海の見える窓の前に小さな祭壇を作って、クロッキーのお骨を置いてあります。
その祭壇は、友人たちから届いたお花でいっぱいです。
皆さんからのあたたかなお心遣いから、たくさんの元気をいただきました。
どうやってお礼を申し上げればいいのか、言葉が見つかりません。
いつかお別れの日が来ることは、出会った時から覚悟していました。
そして、覚悟はしていても、いざその時になったら、
やっぱり悲しくて大泣きするんだろうな・・・とも思っていました。
覚悟したからといって、悲しみが減るわけではありません。
思っていた通り、大泣きしました。
けれども、この悲しみを・・・寂しさを・・・しっかりと受け止めようと思います。
この痛みは、共に過ごした時の喜びの大きさに比例します。
だから、つらいのは当たり前。
クロッキーがくれた喜びは、はかり知れません。
この痛みを避けて生きようとすれば、喜びも失ってしまう。
それを教えてくれたのも、クロッキーでした。
18年前、人気のない荒れ地の道路で、生後4~5ヶ月位の子犬が、
車の前に突然飛び出してきました。
こんなところにいたら車に轢かれてしまうと、そのまま家に連れ帰りました。
はじめは、飼うつもりはありませんでした。
優しい飼い主さんを捜すつもりでいたのです。
失ったときの悲しみを受け止める自信がなかったからです。
けれども1週間一緒にいたら、結局手放せなくなってしまいました。
そして18年間の間に、
クロッキー自身が、私たちに看取る覚悟を与えてくれたのでした。
この悲しみを癒せるのは、時の力だけだということも分かっています。
一日一日、時が過ぎてゆき、いつか笑ってクロッキーのことを
思い出せる日が来るでしょう。
今回、同じ痛みを持つ方々から、たくさんのあたたかなお言葉をいただきました。
誰もが、そういう思いを持って生きているんですよね。
たとえお会いしたことがなくても、深い深いつながりを感じます。
生きていると、つらいこともたくさんあるけれど、
そのご縁から、とても大きな勇気を得ることができました。
本当に本当に、ありがとうございました。
感謝
豊田 祐次 友子
6月7日 日曜日
6月7日は、とてもよい天気でした。
さわやかな風が吹き、海がキラキラ光っていました。
夜には満月が出て、水面に光の道を作りました。
そんな美しい日曜日に、クロッキーは逝きました。
窓の外を見るとツバメがスイスイと宙を飛び回っていて、
それがクロッキーに見えました。
とてもとても悲しいけれど、18年という長い年月を一緒に過ごすことができ、
「必ず看取るからね」という、出会った頃からの約束を守ることができたので、
ほんの少しだけ、救われた気持ちでいます。
「ありがとう、ありがとう・・・」
お別れの時には、それしか言えませんでした。
クロッキーが与えてくれたものははかり知れません。
そのすべてを無駄にしないように、ちゃんとちゃんと生きようね
と二人で話しています。
みなさん、これまでクロッキーのことをかわいがってくださって
本当にありがとうございました。
店主Cは引退しましたが、
プレシャス・ブックスは店主A&Bで運営を続けてゆきますので、
これからもどうぞよろしくお願い致します。
これが私の優しさです 作:谷川俊太郎
これが私の優しさです 作:谷川俊太郎
窓の外の若葉について考えていいですか
そのむこうの青空について考えても?
永遠と虚無について考えていいですか
あなたが死にかけているときに
あなたが死にかけているときに
あなたについて考えないでいいですか
あなたから遠く遠くはなれて
生きている恋人のことを考えても?
それがあなたを考えることにつながる
とそう信じていいですか
それほど強くなってもいいですか
あなたのおかげで
私がこの詩に出会ったのは、確か高校生の頃。
本屋さんでなんとなく手にした詩集の中の、この詩が特に印象に残ったのでした。
当時は、“理解” はしていませんでした。
ただただ強く心に焼き付いて、繰り返し何度も考えていました。
『あなたが死にかけているときに あなたについて考えない』なんて・・・と
母が亡くなった時、弟がたまたまこの詩を目にして言いました。
「これは母さんの詩だね」
その時私も、「そうか・・・」と思ったのです。
母は「私が死んだら、私のことは忘れて前を向いて生きなさい」
と言うような人でした。
自分の寿命を悟っていた母は、例えば私への誕生日プレゼントにも
“あとに残らないもの” を選ぶのです。
食べ物や、使ったらなくなってしまうようなものを。
そして、その理由を私は理解していました。
『あなたについて考えない』
私たち姉弟は、
それが母の望みで、そう生きることが本当の親孝行なのだと信じることができました。
母のおかげで。
けれども実際は、そんなに強くはなれませんでした。
何年も母のことを思い出し、泣いてばかりいました。
母が逝って、もうだいぶ長い年月が経ちました。
母のことを思い出す時間も減りました。
けれどもこの詩を読み返す度に、それでいいのだと母が言ってくれている気がするのです。
店主Bのオーラ
「あの人にはカリスマ的オーラがある」とか、
「売れっ子になるオーラがある」とか、よくいいますよね。
その人が無意識のうちにかもし出している雰囲気、 とでも言いましょうか。
初対面でも、会話を交わさなくても、その人を見ているだけで
なんとなく伝わってくるものを表現する時に
“オーラ”という言葉を使うことが多いですね。
まあ、本来の意味は違うとは思いますが・・・笑
ちなみに店主Bには、どうやら独特のオーラがあるようです。
それは、 「店員」のオーラ。
はい、いろいろなお店でスタッフとして働いている 「店員」です。
と言いますのも、買い物中に見知らぬ人から 「店員」に間違えられて
声をかけられることがやたらに多いのです。
私も、もう何度も目撃しています。
靴屋に本屋に家電屋にDIYショップ・・・
もちろん、制服を着ているわけでも、エプロンをつけているわけでも、
名札をつけているわけでもありません。
ただ普通に買い物をしているだけなのに、
突然見知らぬ人に、
「これのサイズ違いありますか?」とか、
「○○を探しているんですけど」などと声をかけられるのです。
そう言えば、古本屋さんでも・・・
それはまあ、あってもおかしくないかな。
一応同業ですしね。
それにしても、偶然にしてはちょっと回数が多すぎます。
経験もないのに何故か「店員」のオーラを放つ店主B。
いったいどうしてだろうと本人も首を傾げています。
クロのことを気にかけてくださって、ありがとう。
時々、みなさんから店主C(クロッキー)についてのお便りをいただきます。
クロのことを気にかけてくださって、ありがとう。
クロはもう18歳。
一日のほとんどを寝て過ごしています。
もうだいぶお年寄りですから、店主Cの役割はそろそろ引退。
なるべく長生きして欲しいと願っていますが、
それはやっぱり私たちのエゴ・・・なんですよね。
クロが生きたいだけ生きればいい・・・
とにかく、どこにも痛みや苦痛がなく毎日を穏やかに過ごせるようにと
あれこれ気を配っています。
今は、クロと一緒にいる時間をなるべく優先したいと思っています。
「必ず看取ってあげるからね」というのが、出会った時からの約束ですから。
愛と忍耐
以前、TVに作家の京極夏彦さんが出演していて、視聴者から
「大量の本を整理するにはどうしたらよいか」というような質問を受けていました。
京極さんの答えはたった一言。
「愛と忍耐」
その後、京極さんの書斎の映像が公開されたのですが、
部屋が吹き抜けになっていて壁面は全て本棚、
上段の本を取るには当然はしごが必要です。
どう見ても蔵書数は図書館レベル。
これだけの本を整理するには、やっぱり 「愛と忍耐」・・・が必要なんですね。
うちの場合、いくらんなんでもそんなに大量ではないけれど、
“根性と体力”ぐらいは必要かもね・・・と店主Bにいうと、
「やっぱり愛かな。本に対する愛がないとね」という返事・・・
「愛」・・・か~
3日間、私は愛の人になります。
ここ数日、引越しを期に新調した組立て本棚と格闘しています。
こんなふうに部品を一つ一つ組立てると改めて分かるのですが、
どこにも無垢の木材は使われていません。
無垢の木で出来た本棚というのも探してみましたが、
ものすごく高額な上に重厚なデザインで、シンプルなものは見つけられませんでした。
自作するということも一瞬考えたのですが、
そんなことをしていたら、いつになっても部屋から段ボールが
消えないような気がしてすぐに断念。(苦笑)
今の時代合板が使われているのは当たり前、選択の余地はなさそうです。
デザインや耐久性はもちろんのこと、ホルムアルデヒドのことなども考慮して、
やっと行き着いたのが今回購入した本棚・・・・
合板といっても、今のものは接着剤の質も随分良くなって長持ちするようです。
うちには、合板なんてものがなかった時代の古い家具がいくつかあります。
あちこち傷だらけでボロボロですが、年を経るごとに愛着がわき、
そう簡単に手放す気にはなれません。
引越し前、不要になってしまった電化製品などを引き取ってもらう為に来ていただいた
リサイクル屋さんがそんな家具たちを見て
「無垢の木で出来た家具はどんなに古くても傷ついていても高値で引き取りますよ」
とおっしゃっていました。
昔の家具は少し手入れするだけで見違えるようにきれいになるそうです。
「手放される際には是非うちに声をかけてください」と予約?までして帰られました。(笑)
ちなみに、古い時代のものではありませんが、
私にとって一番付き合いが長い無垢の木の家具はこれ(↓)。
弟が小学生の頃、学校の工作の時間に作ったものです。
実家の引越しの際に捨ててしまうのというので貰い受けてきました。
一応“本立て”ですが、斜めにグラグラ動いて本を立てることは出来ません。
リサイクル屋さんもこの本立てについては予約されませんでした。(苦笑)

*裏のおばあちゃんが畑に咲いているからといって持って来てくれた花を飾ってみました。
余談)
無垢の木で出来た家具がいいとはいえ、世界中の家具に使われたら森林伐採に拍車がかかってしまいますね。
それとも、長持ちして愛着のわく家具をリペアしながら何世代にもわたって使ってゆく方が、
結果的には環境に優しいのでしょうか。
組み立て式なんですね
まだほとんどの本が段ボールの中なのですが、
いつになったら整理し終わるのかまったく見通しが立たない状態なので、
出てきた順に少しずつ新着UPをしてゆくことに決めました。
いつもにも増して脈絡のない更新になってしまうと思いますが、
しばらくはこんな感じで、ゆるゆると進めてゆくことになりそうです。
旧宅では既に棚がいっぱいいっぱいで、
一部の本たちはカートンBOXに入れて管理していました。
けれども、本というのは箱詰めしてしまうとそのまま眠ってしまいがちなんですよね。
引越しを機に棚を増やして、そんな本たち復活させようと思っています。
『いい本棚はないかしら~』といろいろ探してみたところ、
今時の家具はほとんどが組み立て式なんですね。
本を整理する前に、まずはDIY・・・です。
あ~、いつになったら部屋から段ボールが消えるのかしら。(泣)
「ツバメさん、ごめんなさい」
新居にはシャッター付きのガレージがあるのですが、
今はまだ、未整理の荷物が散乱しています。
今日、シャッターを開け放って中で整理をしていたら、
どこからか突然ツバメの夫婦が舞い込んできて、すぐにまた飛び去ってゆきました。
『中に人がいるって気がつかなかったのね・・・』
ところが、しばらくするとまたやってきて、
ちょこっと壁の角やライトの端にとまってみたりもして、
すーっとまた外へ。
そんなことを何度も繰り返して、
どうやらツバメ夫婦は巣作りの場所を下見しているようでした。
しかもこのガレージが、かな~り気に入った様子・・・苦笑
ツバメたちにはとっても申し訳ないのだけれど、
常にはシャッターを閉めてあるので、ここで巣作りをするのはちょっと無理。。。
開けっ放しにするということが難しい場所なのです。
「ごめんね、ツバメさん。この物件は、契約済みなの」
ツバメたちがこの場所に決めてしまうといけないので、
中の整理は後日にすることにして、取り急ぎシャッター を閉めました。
・・・・
夕方、車を出そうと思ってガレージに行ってみると、
シャッターを空けた途端に、またツバメたちが・・・
よっぽどここが気に入ったんだね。
本当にごめんよ~。
引越し完了
本日、ご近所の方々にご挨拶をして、よ~~~やく引越しが完了しました。
といっても、部屋の中はまだ段ボールの山。
その半分以上が “本” です!!
仕事の資料やら実用書やらも含め、
本棚に収まっている本を段ボールに移し替えたら、荷物の量は予想以上でした。
本棚1つで段ボール箱が10個は必要です。
引越し屋さんに「まるで本屋さんみたいですね」と言われてしまいました。(笑)
新着UPのリズムを取り戻すまでには、もう少し時間がかかりそうですが、
今回の引越しで、棚の奥の奥に眠っていた本たちがいろいろ出てきましたので、
準備が整い次第ご紹介してゆくつもりです。
気がつけば、桜はすっかり散ってしまって山の緑がだいぶ濃くなっていました。
もう燕たちも来ているようですね。
オレンジの花も咲き始めました。
新居の窓から見える 斜向いの古家の戸袋に野鳥が巣を作っているようです。
つがいの二羽がどこかから小枝や羽毛をくわえてきては、戸袋の中に持ち込んでいます。
うちも、先週は何度も旧宅と新居を行ったり来たりして荷物を運んでいたので、
「なんだかうちと同じだなぁ」と思いながら眺めています。
そのうち引越しの挨拶に来てくれるでしょうか・・・笑
27年目のソメイヨシノ
日曜日は引越作業の中休み。
この街に住み始めて恒例になった、陶芸家Mさん宅でのお花見です。
毎年思うのですが、自宅の庭でお花見が出来るなんて本当に贅沢。
今年も見事に咲いていました、苗木を植えてから27年目だというソメイヨシノ。
27年でこんなに育つのかと思うほどに威風堂堂とした大樹です。
ご夫婦が工房を建てたその年に植樹した3本のうちの1本で、
他の2本はうまく育たなかったのだとか。
「あとで分かったことなんだけどね。
ここは土地が荒れていてね、とても桜が育つような場所じゃなかったんだよ。
この樹は、よくぞここまで育ってくれたとつくづく思うよ」
と満開の桜を愛でるように見上げるMさん。
工房を建てたら、庭に桜を植えることがご夫婦の夢だったのだそうです。
この桜は、27年間毎年少しずつ少しずつ成長しながら、
この工房とそこで暮らすお二人を見守ってきました。
満開に咲く桜は、ご夫婦の人生そのものです。
今では毎春、この桜を見る為に人が集まってきます。
そしてみな口々に、その美しさをたたえるのです。
「まるでこの家の守り神ですね」というと
「本当にその通りだよ」とMさんは笑いました。
『“育む”とは、こういうことなのだなぁ』と思いながら、
Mさんが焼いた器で、奥様がつくった美味しい桜ご飯をいただいたのでした。
雨ニモマケズ風ニモマケズ
雨ニモマケズ風ニモマケズ
この言葉は、小学校の授業で全文を習う前から知っていたような気がします。
雨ニモマケズ風ニモマケズ・・・
その部分だけを、ことわざか何かのように時々口ずさんでいました。
もちろん、意味なんてよく分かりませんでした。
初めて全文を読んだ時、『こんな詩の一部だったのか』と思いました。
もちろん、言葉の意味は分かったけれど・・・それだけでした。
この詩が心の底にまでしみてきたのは、大人になってからのこと。
それもだいぶ経ってから。
特に最後の部分・・・・
ホメラレモセズ クニモサレズ
サウイウモノニ ワタシハナリタイ
この詩は「そういうものに私はなりたい 」 という言葉で結ばれています。
子どもの頃の私に「あなたはどういうものになりたいですか?」と聞いたら
なんて答えるだろうか? 10代の頃の私に聞いたら?
想像すると、思わず苦笑してしまいます。
ホメラレ、クニサレルことによってしか、
自分の存在を認識できなかったあの頃・・・
こんな詩が心の底にしみ込んでくるはずもありません。
この詩は、当時勤め人だった賢治がセールスの為に上京して再び病に倒れ、
花巻の実家に戻って闘病中だった1931年秋に、自分の手帳に記したもの。
没後に発見された遺作のメモです。
この世に肉体を持って生きている限り、どんな理想を口にしても、
健康でなければ思うようにはいかない。
病に苦しんだ賢治は、そう思ったに違いありません。
そして、病に苦しんだからこそ見えた“本当に大切なこと”が、
この詩にしたためられているのだと思います。
私も20代の頃に体調を崩して、それから価値観が大きく変わりました。
この世界から、命をつなぐ為に必要最低限のものだけをいただいて、
縁のある他の為に力を尽くすこと。
自然に逆らわず、ぶれることなく、
自分以上でも以下でもない自分をただ生きること。
サウイウモノニ ワタシモナリタイ
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雨にも負けず、風にも負けず、
雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ち、
決して怒らず、いつも静かに笑っている。
一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを自分を勘定に入れずに、よく見聞きし分かり、
そして怒らず 野原の松の林の陰の小さな藁ぶきの小屋にいて、
東に病気の子どもあれば、行って看病してやり、
西に疲れた母あれば、行ってその稲の束を負い、
南に死にそうな人あれば、行ってこわがらなくてもいいと言い、
北に喧嘩や訴訟があれば、つまらないからやめろと言い、
日照りのときは涙を流し、寒さの夏はおろおろ歩き、
みんなにでくのぼうと呼ばれ、褒められもせず、
苦にもされず そういう者に私はなりたい


